クララとロベルト、KとR、恋のゆくえ

白雲ウスハ

第1話 一つの鼓動

 「ケーコちゃんはどう?明日なんだけど……?」

 「いや、私は……」

 そう言って恵子は鞄を持って教室から立ち去った。


 「だから言ったじゃん。それに彼女来たら盛り下がるだけじゃん。」

 「えー、でも色んなタイプが居た方が良いかと思って。ああいう大人しい子好きな人もいるじゃん。」

 後ろを向いて遠ざかっていく恵子にも聞こえた。

(変わった子。合コンに私みたいなタイプを誘うのは余程他に居ないか、引き立て役が欲しいか……、まぁ地味好きの男の人はたまには居るわよ。私は嫌いだけど。)


 そう思いながら学校を後にした。


 春になり日が伸びたせいで4限目で駅に向かうが、まだ周りは昼間と同じく明るく、これから部活やバイト、飲み会などの話をしている学生が多い。

 そんな中真っすぐ家に帰る。

 大学生になったら高校と違って授業の時間の縛りが緩くなったが、高校時代とほとんど変わらず、あえて言うなら塾が無い分家に早く帰っているかもしれない。


「ただいま。」

「お帰り。今日どうだった?」

「ん、まぁまぁ」


 声をかける母親にいつも通りにこたえる。母親も特に何があるわけでもなく、毎日挨拶のように『今日はどうだった』と聞いているに過ぎないからほとんど挨拶と変わらない。

 部屋に戻って着替え、台所の母親の横に並び、料理を手伝う。

「コロッケ?」

「うん、ジャガイモ、そろそろ大丈夫だと思うから……」

 鍋の中から蒸かしたジャガイモを取り出すと眼鏡が曇ってしまった。

 一旦眼鏡を外し、熱さと闘いながら皮を剥く。

 特に仲が悪いわけでも良いわけではないが、無言で手伝い、いつもの日課のようなルーティーンをこなす。


タネが出来て、揚げれる状態になったころ、家の電話が鳴った。

「はい、もしもし。……はい。わかりました。」そう言って恵子は電話を切った。

「お父さん?」母は言った。

「うん、遅くなるからご飯は要らないって。」

「そう。」そう言って途中まで作ったコロッケのタネを半分を別にし、冷凍庫に入れた。


 揚げたてのコロッケはおいしかった。あまり他所は知らないし、祖母は色々言っていた気がするが、なんだかんだ母は料理が上手いのだろう。さすがの専業主婦と湯船の中で思っていた。

 最近仕事が忙しいのか父はあまり家で夕食をとることが少ないから、少し可哀そうだなと思ったりもした。


 翌日、自分の目覚ましで起床し、昨日の残り物とあり合わせでお弁当を作り、家を出る。そして授業を受け、帰ってくる。

 平凡で何の驚きもない毎日。でもこれで良いと思う。他の子たちのように彼を作ることに興味はないから化粧や服にも興味がないし、だからお金もかからずアルバイトも親に反対されてまでする気にならない。

 唯一心配に思うのが大学を卒業してからだが、教職課程を履修することで払拭していた。


 教室に入ると、昨日合コンに誘った女子達が窓辺できゃっきゃと話をしていた。

 彼女達の会話に参加しつつも一人席に座った女生徒は、教室に入ってきた恵子に気が付き、

 「あ、ケーコちゃん、おはよう!」と明るく声をかけてきた。

 「おはよう、瀬戸さん。」返事はするが、近くに寄るでもなく、恵子は入口近くの席に着いた。

 

 特に子供の頃、虐められたり仲間外れにされたことが無いのは、ああいうタイプが世の中には何人かいるからなんだろうな、と思った。グループに属するわけでもなく、でも友達もいて、ある意味私と同じかも……と思ったが、まさに自分とは陰と陽だった。


 「ヨーちゃん、ほら、来たよ!彼!」

 瀬戸洋子は窓辺の友人、小川美紀に促され、窓から外を除く。

 「ほら、向こうからくる、真ん中の……」

 美紀の指さす方をたどってみると、芝生の広場を横切り、男女数人が歩いてくるのが見えた。

 「えー?ちょっとあの髪型は無くない?ウルフカット?いかにもロックバンドっていうか、いつの時代?」

 「えー、でもかっこいいじゃん。イケメンだから許される髪型よ。」

 そう言われ改めて洋子は緩やかな歩道を降りてくる男性をまじまじと見た。

 「まぁ、確かにイケメンね。1か月なんで気づかなかったんだろ。」

 洋子がそう言うと、

 「メジャーデビュー近いから契約とか、ライヴとか色々忙しくて4月は中々来れなかったみたいよ。」と美紀の横の女の子が言った。 

 「履修登録とかどうしたの?よく作曲科の教授がそんなの許したわね。」

 「ほら、うちの大学出の音楽関係者とかが根回ししたみたい。」

 「へぇー、そんなに将来有望なんだ。確かにこの前何曲か聞いたけど、良かったわよ。歌はまぁって感じだけど、楽曲良かったし、ギターも彼なんでしょ。」

 「そうそう!今のうちにサインもらっておこうかな。ねぇ、ヨーちゃん、声かけてみてよ。美人なら応えてくれそうじゃない?」

 「そういうの自分でやりなよ。確かにイケメンだけど、私の好みは……」

と言いかけって、遮られる。

 「レイ様でしょ。王子様みたいな。でも現実世界なんだから、ああいう悪っぽいのもかっこいいじゃない。王子様みたいな綺麗な顔をしているし。」

 少しムッとしつつ、だからこそ、何の躊躇もなく洋子は、

 「福山くーん、こんにちは!」と大きく叫んで手を振りながら横の友人に、

 「あれ、下の名前で呼んだ方が良かった?下の名前なんだっけ?」

 なんて聞いている。

 

 確かに洋子は華やかな美人だ。本人もそれを判っているのか、そのあふれる魅力はは彼女の自信となり、人見知りとは無縁に見えた。

 そんな光景をあっけにとられつつ、陽キャってすごいな、なんて思いながら恵子は教科書をめくっていたが、


 「りょう、だよ。福山リョウ!」


 その名前を聞いて体に電気が走ったかのように恵子は立ち上がった。

  

 「りょうくーん!」と再度叫ぶと、気づかないうちに真横に恵子が立っており、おもわず洋子は「おわっつ!」と声を上げてしまった。

 同時に反対に居た美紀が

 「あ!こっち向いた!気づいたよ!」と言った。

 初夏の緑の葉が広がりつつある木々の下で立ち止まり、木漏れ日に手をかざしながら、彼は見上げた。

 そして満面の笑みで言った。


 「あぁ!やっぱり会えた!」

 そう言って走り出した。


 「え?今なんて言った?」

 洋子は思わず美紀に聞いたが、

 「え?ヨーちゃん、もう知り合いなの?違うの?ってかやっぱり美人だから既に目をつけられてたとか?」と羨望のまなざしをもって舞い上がりながら言った。

「いや、全然知らないはずだけど……」

 洋子は色々どこかで会ったかなど思考を巡らすが思い出せない。


 そうしている間に駆け足の音が近づき、開いている教室のドアに手がかかりガタっと言う音を立てたとき、窓辺の全員が振り返った。

 走って階段を駆け上がったのは明白で、少し息は上がっていたが、それ以上に興奮した様子で彼は教室に入ってくると、


 「絶対に大学で会おうって約束したよね。」そう言った。


 洋子も美紀も全く声を上げられない中、恵子が呟くように言った。


 「了くん……?」


 恵子が震える足で一歩歩み寄った瞬間、了は恵子に抱き着き、

 「あぁ、良かった会えて、それに俺の事覚えててくれて……」


 その場にいた全員が唖然とする中、恵子は了の腕の中で遠い記憶の中と同じ、二人の鼓動が一緒になるのを感じた。

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