第9話 あふれる想い
「え?」
バロンはあっけにとられたが、次の瞬間には顔が真っ赤になっていた。頬がひどく熱い。
「好き……? イデリーナが? オレを? なんで……」
「だってあなたはいつだって、何事に対しても一生懸命だから……」
少女は恥ずかしそうに目を伏せた。長いまつげが目立った。
「あなたは最初、ペストを憎んでいた。それは仕方がなかった。大切な人を殺されたら誰だってそうなるわ。でもあなたは変わった。ちゃんと私たちの話を聞いてくれた。私は昔『人間とペストが共存できる時代が来るかもしれない』って言ったけれど、正直自信がなかったし、誰かに話しても笑われるだけだった。でもあなたは笑わなかった。真面目に聞いてくれた」
イデリーナの言葉に、バロンはよくわからないといった感じでぼりぼりと頭をかいた。
「何事にも一生懸命に、真面目に取り組むところを私は……かっこいい……って思った。だから……。バロン……はどう思う? 私はペストであなたの敵だけど……」
それ以上、イデリーナは言えなくなって、もごもごと口を動かした。
「……なにいってるんだ、イデリーナ」
バロンは彼女の手を取った。
「オレを助けてくれたのは君だろう? オレは敵なのに……許されてはいけないのに……ずっと、オレを支えてくれた。ずっとオレに対して優しかった。オレが変わることができたのも、イデリーナのおかげだ。……オレも君が好きだ」
イデリーナは目を見開いて、そして微笑んだ。二人の姿は月光に照らされて輝いていた。二人はしばらく座っていた。
「本当にオレでいいのか? ……もっとふさわしい人がいると思うけど」
ふとバロンが自信なさげに尋ねた。イデリーナは笑った。
「まさか! バロンだからいいの」
美しい少女は頬を染めてそう言い、19歳の青年の肩によりかかった。
帰ってきた二人の雰囲気が何か違うことを、父親のウリ・フォーゲルは気が付いた。何が起こるのかわからないもんだな、と彼は思い、やれやれと微かに笑いながら首を振った。
ケレンは完全に自分の姉が敵のものになったのを知った。嫌な気持ちがあふれてなにか言ってやりたかったが、姉が幸せそうなのを見ると何もできなかった。自分は敵に負けたのであった。彼は静かに黙ったまま自分の部屋へ閉じこもった。
平和はこのまま続くかと思われていた。だが、忘れ去られていた出来事がすべての出来事を跡形もなく破壊してしまった。
バロンの落とした銃弾が見つかったのだ。
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