第3話 1000万
トニオが教会を後にしたのち、わたしは早速スクロールをテーブルの上に乗せ、準備をする。
投影魔術がかけられているというが、実際にそのような魔道具を見るのは初めてだ。
見た目は普通のスクロール。ごく一般的な巻物だ。
羊皮紙をまるめ、赤い紐で閉じられている。
わたしは魔術の才能などからきしだから、それがどの程度格の高い魔道具なのかはわからないし、もちろん扱い方も知らない。
とりあえず普通にひらけばいいのだろうか。
爆発とかしないよね?
「それにしても1000万かぁ。何に使おう」
なんとなしにそう呟くと、わたしはふと、シスターの視線がこちらに向けられていることに気づいた。
そちらに顔を向けると、逆に彼女はぷいっと視線を逸らす。
「ところで、うちの教会、最近奥の部屋が雨漏りしてるのよね。あと椅子も古くなってぎしぎしいい始めたし、みんなの古着もそろそろ買い換えないと……」
シスターは早口で述べた後、再度ちらりとこちらを見る。
……まったく、仕方ないなぁ。
「いいよ。このニナさんに任せなさい!店ごと買いとってあげてもよくってよ?」
「きゃー、ニナちゃん素敵!成金!」
「おれはおもちゃー」「あたしはお菓子ー」
「はいはい、みんなまとめてお姉ちゃんに任せなさい!」
ぼちぼち目が覚めた子どもたちが、朝食を求めて部屋に入ってくる。
話の流れを察したのか、各々口々に声を上げ始めた。
ほんと子どもは状況判断が早くて恐れ入る。
若い頃からお金にがめつかったらろくな大人にならないぞ──、と、まあわたしが言えたことではないのだけれど。
「よし、じゃあ早速スクロールを開くよ。じ、準備はいい…!?」
机の上に置かれた巻物におそるおそる手を伸ばす。
ちょいちょいと小突き、しばらく様子をみるが、当然反応はない。
そんなわたしの仕草を見て、シスターがくすくすと笑う。
「そんな大袈裟な。投影魔術はべつに爆発とかしないわよ?」
「し、仕方ないじゃん!触るのも見るのも初めてなんだから!」
わたしは頬を染めてむくれる。
エルフは魔術にも長けていると聞くし、彼女にとっては一般常識レベルのことなのだろう。
まあなんにせよ、その彼女が大丈夫というなら大丈夫のはずだ。
わたしは客間のテーブルに乗せたスクロールにそっと手をかけ──、封をしている紐を一息に解く。
しゅるりとほどける赤紐。
すると、一瞬の静寂ののち、開かれたページがぱあっと部屋全体を照らし出した。
「おおお……。なんか凄いな」
思ったより激しい演出である。
真っ白い光は収束し、さらに強い光となって周囲に撒き散らされる。
「お、おおお……?」
もはや光の濁流だ。
魔力が音を立てて跳ね回り、風となってあたりを走り回る。
部屋の家具ががたがたと音を立て、机がぎしぎしと悲鳴をあげる。
まるで台風の通り道に乗ってしまったときのように、窓ガラスが大きく揺れまくる。
「ね、ねえ、……これってマズくない?!マズイよね!?」
「あ、あらあらあら……?」
いやこれ、もしかして爆発する!?
「うわぁああ!?」
思わず頭を抱えたわたしの目の前で──。
──ぽん、と軽快な音を立てて、光が柔らかく弾け、きらきらと輝く粒子が、客間の中心に降り注いだ。
『やっほー、ニナちゃん。初めまして、お母さんだよー。どう?爆発すると思った?びっくりしちゃった??』
「…………………は?」
目の前のスクロールのページの上に一人の女性が姿を現し、『サプラーイズ!』と、くすくすと悪戯っ子のように笑っていたのだった。
******************
「……初対面の印象最悪なんだけど」
「まあまあニナちゃん。可愛らしい人じゃない」
「趣味悪すぎでしょ。トニオさんも苦労させられたわけだわ……」
アイリス・プライオリアその人が、スクロールのページの上でにやにやと笑っている。
これが投影魔術かぁ、とか、この人がお母さんなのかぁ、とか、これが大英雄の姿かよ、とか、いろいろと思うところはあるものの──。
それ以上に、びびりちらした醜態を笑われたようで気持ち悪い。
無論これはただの録画なので、実際にはそんなことはないのだけれど──。
気分的に、気持ち的に、ちょっと腹が立つのだ。
アイリスはその揺れる赤毛をくるくると指先で弄びながら、少し目を伏せる。
『まあ、10年以上ほったらかしにしといて今更なんなんだーって思ってるかもしれないけどさ……。とりあえず、わたしの遺産1000万ドリー、うけとってよ』
アイリスの言葉の端に彼女の複雑な心情を感じ、わたしは少しの間口を閉じる。
これは録画。一方通行の置き手紙だ。
その真意を聞き返すことも、問いただすこともできない。
「……まあ、貰って困るもんじゃないし?わたしはべつに構わないけど……」
彼女にも何かしら事情があったのだろう。
わたしを教会に預けた理由とか。
彼女がその後どんな人生を送ったのかとか。
その事情が気にならないといえば嘘になるが、それを深く詮索することは今になってはもうできないのだ。
このもやもやには、早いところ蓋をしてしまったほうが良い。
どうせ考えてもわからないことだしね。
「まあ、いいや。とりあえず細かいことはあとで考えるとして……、今は貰えるもん貰えれば文句はないぜ!」
「ニナちゃん、顔が悪い人になってるわ……」
『た、だ、し』
──突然、わたしたちのやりとりを遮るように。
アイリスは再びにんまりとした笑顔を浮かべ、ぴんと人差し指を立てる。
『今あなたにあげるのは、10万ドリーだけです。残りは、魔大陸の首都、ヘイムドールに向かう道中に、スクロールにまとめたものを分割して置いてきましたー』
「…………は?」
えっと、何言ってんだこの人……。
『欲しければ、自分の足で探しにいくこと。べつに、10万で妥協してもいいけどねー。あなたがそれでいいならだけど』
「いや、……は?」
『最初のスクロールはタステルの街の金庫に預けてあるからその気があるなら探してみてね』
以上!それじゃ、タステルの街でまた会おう!
びしりと敬礼ポーズを決めると、スクロールのページがポンと音をたてて弾けた。
先程まで彼女が映っていた場所には、麻袋にまとめられた十枚の大金貨達が鎮座しているのだった。
あまりのスピード感に呆然としていたわたしだったが、
「はぁあああ?!」
次の瞬間、あまりの理不尽さに絶叫をかますしたのだった。
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