ボーイッシュ幼馴染は脱いだらすごい

マイルドな味わい

第一章

第1話 ぼっち高校生の日常

 月曜日の朝より憂鬱なものはない。

 水沢善みずさわぜんは普段より数倍の気だるさを感じて、机に突っ伏していた。


「帰りたい……帰ってゲームやりたい……」


 呪詛のように響いた言葉はしかし、教室内の活気に打ち消される。


「ねえ、今日学校終わったらカラオケ行かない?」

「行く行く! 俺最近ハマってる曲あるんだよなー」

「ごめーん、うちバイトだからパス!」


 と、和気藹々と話す華々しい見た目の男女。


「今日の部活マジだるいわー」

「ゴールデンウィークもほぼ練習で終わったしな」

「あー、誰か顧問取り替えてくんないかなー」


 と、タラタラ文句を言いつつ楽しそうにしている運動部。


「昨日発売した新刊もう読んだ?」

「推しのライブが尊くてさ――」


 と、サブカルについて語っているメガネの女子たち。

 それぞれクラスでの立ち位置は違えど、誰もが気の合う者同士で固まっている。


(みんな、楽しそうだな……)


 そんな光景を、善は羨望の眼差しで見つめていた。


 ――高校に入学してから一か月半が経った。


 校庭の桜はとうに散り、新しい環境にも慣れ始めようかという頃合い。

 そんな時期になっても、善には一向に仲の良い友達というやつができないでいた。


(まさか俺がここまでコミュ障だったなんて……)


 善だって、何も生まれてこのかた友達ができなかったわけではない。

 中学時代は似通った趣味のオタク友達がいた。学校が終わったら誰かの家に集まってゲームをするのが習慣になっていたくらいだ。


 もっと遡れば、小学生の時はそれこそ親友とまで呼べるような相手もいた。その親友とは小学校卒業前に喧嘩をして疎遠になってしまったけれど……。


 それでも、今まで友達はいたのだ。だから知り合いが一人もいない高校に入っても大丈夫だと思っていたのだが……どうやら考えが甘かったらしい。


 善は賑やかな教室で一人寝たふりをしながら、自分の奥手っぷりを再認識していた。

 だがそんな善にも話しかけてくれる人はいて、


「おはよっ、善くん。今日も寝不足?」


 頭上から声とチョップが降って来て、善は驚いて身体を起こす。

 眼前には、ギャル風の女子が立っていた。


「あ、……お、おはよう。ぶすじ――」

「ブス言わないって約束したよね?」


 善が言いかけた瞬間、彼女はとてつもない〝圧〟を内包した笑顔で小首を傾げる。


「ご、ごめん……花恋かれんさん」

「うん、よろしい!」


 そう言って、彼女は今度こそ純度百パーセントの笑みを浮かべた。

 彼女の名前は毒島ぶすじま花恋。


 善のいるこの一年四組――いや、学年全体で一番可愛いと評判の女子だ。明るく染めた髪をアップにし、メイクもバッチリ。着崩した制服に小物を上手く取り入れてオシャレオーラを醸し出している。


 花恋はどうやら自分の苗字が嫌いらしく、クラスメイトや教師たちに名前呼びを要求しているようだった。

 それはぼっちの善も例外ではなく、


『初めまして! 水沢くん……だったよね。ウチのことは花恋って呼んで。代わりに君の名前も教えてくれない?』


 というのが彼女との初会話だった。

 それ以降花恋とはこうしてちょこちょこ話す仲だ。

 とは言え、彼女は特別善と親しくしているわけではない。


「かれーん。何してるの早くこっち来なよー」

「今行くー! んじゃね、善くん」

「う、うん」


 そうして陽キャグループに混ざっていく花恋に、善は小さく手を振った。


(ま、そんなもんだよな……)


 学校のアイドルは誰にでも明るく接してくれるというだけだ。

 彼女が去ってしまえば善はまた一人。

 きっと今日も放課後までほとんど喋らないんだろうな、と思いつつ、善は再び机に突っ伏した。



     *

 


 予想は見事に的中し、一言も喋らないまま放課後を迎えた。

 部活をやっていない善は颯爽と教室を出て、学校を後にする。

 だがそのまま家に帰ることはせず、駅最寄りのファミレスに向かった。


 入学以来ずっと学校から直帰していた善に、母や姉たちが次々と心配の声をかけてくるのだ。友達いないの? とか、学校楽しくないの? とかそんな具合で。


 全くもってその通りだったが「はい、そうです」と言ったら余計憐れまれること間違いない。

 そのため、最近はこうして寄り道をしてから帰ることが多くなっていた。


「いらっしゃいませー、何名様でしょうか」

「一人です」

「かしこまりました。ご案内いたします」


 夕刻で賑わうファミレス。善は窓際の二人用席に一人で座った。

 案内した若い店員の「高校生でぼっち入店かいな……」的な視線に胸を抉られたが、気にしないよう心掛けながら。


 善はドリンクバーと軽食だけ頼み、持参したラノベを静かに読む。

 右を見れば子供連れのママさんが談笑をしており、左を見れば同い年くらいの男女が盛り上がっている。そんなあちこちから聞こえてくる雑音が、丁度いいBGMになっていた。


 二時間ほど経過した辺りで、善は飲み物を取りに席を立つ。


(暗くなってきたな……いい頃合いだし、そろそろ帰るか)


 通路を歩き、窓の外見ながらそんなことを思っていた時だ。


「あのねあのね、ギガノトサウルスってすっげー強いんだよ!」

「へぇー、あたしそれ知らないや。強い恐竜って言ったらやっぱティラノサウルスでしょ」


 レジの横にあるおもちゃスペースにて、二人の人物が話しているのが目に入った。

 一人は小学校低学年くらいの男の子。

 そしてもう一人は、ボーイッシュな感じの女子高生だった。

 二人はどうやらランダム封入のおもちゃの箱を見ながら最強の恐竜について語り合っていたようで、


「でもね、スピノサウルスも強いんだ。おっきくて泳ぎが速いの!」

「スピノサウルスっていうのは……これか! あー、確かにこのギザギザの背中が強そうだね」

「へへ、でしょー⁉」


 と、少年と女子高生は楽しそうに話している。


(懐かしいな……ファミレスのあのスペースって妙なワクワク感あるんだよな)


 なんて二人の会話を聞きながら懐古していた善だったが――その瞬間。


(あれ……?)


 ふと、無邪気に笑う女子高生の横顔が、善の記憶の中にいる人物と重なってぼやけた。

 もしかしてと思い彼女の顔を二度見しようとした時。


「ああ、やっと見つけた。こらっソウタ。お姉さんに迷惑かけちゃダメでしょ!」


 奥の方から妙齢の女性がやって来た。どうやら少年のお母さんのようだ。眉根を寄せて我が子を叱り、すぐさま女子高生の方に申し訳なさそうな顔を向けて、


「すみませんウチの子が」

「ぜーんぜん大丈夫ですよ。あたしも暇だったんで」

「ほんと、遊んでくれてありがとうね。ソウタもほら、お礼言いなさい」

「お姉ちゃんありがとー‼ またねー‼」


 そうしてお母さんに引っ張られ、少年はテーブル席の方に去っていった。

 一人になった少女は名残惜しそうな顔をして、善がいるドリンクバーの方に歩いてくる。

 瞬間、善がガン見していたせいもあり、その少女と視線がバチッと合ってしまった。


「? ……あっ」


 怪訝な顔をしていた少女が、善の顔を見て何か思い当たったような顔をする。

 対する善は、間近で彼女を見たことで疑惑が確信に変わった。

 やがて二人は、同時に口を開く。


「もしかして……善?」


つばさ、だよな?」


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