天使のようなマーメイド
佐久間清美
本編
開幕
朝焼け
波の音。
車も人も通らない。
静かに海の音が耳に響く。
家から履いて来たビーサンを脱ぎ、砂浜に足を踏み入れた。
「来てくれたんだね」
砂浜にたった一人いた、私とお揃いのワンピースを着た少女。
いや、少女の姿をした人魚。
美人だけど童顔に近い、可愛くって大好きな子。
無言で頷き、彼女の隣に立つ。
こうして浜辺で会うのは初めて。
いつもは海水浴に来た人で溢れかえっているから。
「裸足で来たんだ」
「うん。アスファルトは流石に痛かったからビーサン履いて来たけど」
「そっか」
地面の感触を感じたくて、その場で足踏みをする。
「あはっ、なにしてんのさくちゃん」
「これが人間として地面を踏む最後やから。感触を感じたくって」
「なるほど」
彼女は興味深そうに私の動きを見つめていた。
「よし」
「満足した?」
「うん」
夏の朝は早い。
どんどん空が明るくなっていく。
「誰かが来る前に行こう」
「そうやね」
彼女の言葉に同意し、どちらからともなく手を繋ぐ。
「行くよ」
私たちはゆっくりと海へと入っていく。
先ほどまで砂浜に熱されていた足を海水が冷やしてくれる。
「本当にいいんだね」
「ええんよ」
即答。
なにを今更。
彼女の目を真っすぐ見て、
「おばあちゃんは大好き。お父さんやお母さんは……まぁ、どうでもええわ」
足がつくかつかないかぐらいまでのところまで来た。
ワンピースが海中で揺らめいている。
「私は?」
彼女は真剣な表情で聞いてきた。
「一番好き。誰よりもずっと、ずーっと
「ふふっ、私も」
微笑む彼女はまさしく天使のようで。
世界で一番美しい。
私たちは握った手に力を入れた。
いよいよ足がつかなくなった。
もう後戻りはできない。
私は今日、人間をやめる。
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