第六話 彼氏にするなら
あの一件があった日の放課後。いつものように部活を終えると、さくらと帰るタイミングが重なった。一緒に帰ることにしたが、珍しくさくらは複雑そうな表情をしていた。
そりゃそうだろう。教育実習生が同級生の彼女だったら誰だってビックリする。しかも何だかワケがありそう……となれば、さくらでも流石に驚くってことか。俺とさくらは何も語らぬまま、歩き続けた。
しばらく沈黙が続いたが、さくらが俺の足を指さしながら話しかけてきた。
「相原くん、その足って……?」
「ああ、前に怪我してね。昔は足速かったんだぜ、お前みたいに」
「そう……なんだ」
昼休み、舞が俺の足について言っていたことを覚えていたのだろう。
再び沈黙が訪れる。さくらはそれに耐えきれないのか、何だかもじもじしている。
「お前、俺に気を使ってるのか?」
「ええっ!?そんなこと……ないよ」
「お前が嘘ついてもすぐ分かるんだよ」
「……そうかな」
さくらは、にへへと苦笑いした。
「お前に気を使ってもらわなくても大丈夫だ、それよりお前の方は大丈夫か?」
「え?」
「最近の授業、ちゃんと理解できてるのか?」
「あー!!全然分かってないよ!!」
「お前はなあ、俺のことより自分の心配しろよ」
「えへへ……そうだね」
さくらの表情が少し和らいだ。けど、どこか暗い感情をその瞳に宿しているように見えた。
次の日、舞は何も変わらずにいた。俺もそれに合わせて、いつもと同じように過ごす。さくらもいつもと同じように過ごしているけど、どこか気が抜けている。元気がないし、なんだかこちらまで調子が狂ってしまう。俺だって、舞が来てから心穏やかじゃない。だけど、さくらの方がもっと心配だ。
放課後になり、部活が始まった。今日は軽めのトレーニングの日で、いつもより一時間早く終わった。用具を片付け、締めのミーティングが始まった。
「では、今日はこれにて解散にしたいと思うんだが、何かあるものはいるか?」
岡本がそう言うと、さくらが手を挙げた。
「あの、残って練習していってもいいですか?」
「おお、そうか!頑張れよ!!」
「はい。ありがとうございます」
「では、井野以外は解散!!」
そう言って、さくら以外は帰って行った。さくらの奴、何だか心配だな。そう思って、俺も残って見守ることにした。
さくらはグラウンドに一人残って練習している。今日は他の部活も早上がりみたいで、余計にさくらの存在が際立っていた。
「相原くんは帰っていいよお」
と言っていたが、何だか頑張りすぎているようで心配だ。この間の件もあるし、あまり思いつめてないと良いのだが。
グラウンドの端っこでさくらを見守っていると、校舎の方から誰かやってきた。思わず振り向くと、そこに舞が立っていた。
「翔太、今日の陸上部の活動は終わったんでしょう?」
「あいつが居残り練習したいらしいからな。残ってるんだ」
「ふーん、そう……」
舞、何を考えているんだ。
「まさか、あの子に気があるんじゃないでしょうね」
「そんなわけないだろ」
「そうね。あなたに女の子を幸せにできるとは思えない」
「おい」
俺は思わず立ち上がった。
「舞、何が言いたい。いつまでもうだうだしてないで、言いたいこと言ったらどうだ」
「翔太、いい加減過去を追いかけるのはやめなさい。さっさと高校を辞めて、大学にでも行った方が身のためよ」
「俺の勝手だ。生徒に退学しろなんて言いだす教育実習生がどこにいる」
「これは
……。
お互い黙りこんでしまった。
「翔太、優子さんを追いかけてるんでしょう。けど、優子さんは――
「いたッッ!!!!」
グラウンドの方から、さくらの声がした。声の方向を向くと、さくらがグラウンドに倒れ込んでいた。
「舞、行ってくる」
「ちょっと翔太!!」
俺は舞の声に耳を貸さず、さくらのもとへと走った。
どうやらさくらは足を挫いたようだった。
「大丈夫か、さくら!!」
「あ、相原くん……」
さくらの練習着は砂だらけになっていた。膝もすりむいていて、痛々しく血が流れている。
「さくら、歩けるか?」
「ちょっと、痛いかも……」
「どれ、手貸せ」
そう言って、俺はさくらの身体を起こした。
「保健室まで連れて行ってやるから、乗れ」
「え?相原くん、大丈夫……?」
「足のことなら心配するな。そこまでヤワじゃない」
そう言って、さくらをおぶった。そしてグラウンドの端っこで突っ立ったままの舞に向かって、「大和田先生ー!!保健室の先生に連絡してくださーい!!!」と叫んだ。
舞は、渋々とした表情で携帯電話を取ったようだった。
俺はさくらをおぶって、保健室まで歩く。すると、さくらが話しかけてきた。
「ねえ、相原くん」
「何だ?」
「大和田先生と、何話してたの……?」
見られてたのか。そりゃ、気になるよな。
「別に、昔のことだよ」
「そう……なんだ」
さくらは黙りこんでしまった。
「なあ、さくら」
「え?」
「俺と舞、お似合いに見えるか?」
「……うん、そうだと思うよ」
「嘘だな。お前が嘘ついても分かるんだよ」
「……!!」
さくらははっとした。そして、静かに答えた。
「お似合いには……見えないかな。なんだか言い争ってるし、ラブラブには見えないよ」
「……そうかよ」
俺はさくらをおぶったまま、歩き続けた。
保健室に着いた。さくらが先生に手当てしてもらうのを、俺はずっと待っていた。
「井野さん、軽く挫いただけだと思うからもう大丈夫だと思うわ。念のため明日病院に行きなさいね」
「……はい、分かりました」
さくらはしゅんとしている。
「まあ、頑張りすぎたな」
俺はさくらにそう声を掛けた。
「相原くん、悪いけど職員室まで行ってくるわ。井野さんのこと、見ててね」
「分かりました」
そうして、保健室は俺とさくらの二人きりになった。
話すこともないから、黙って椅子に座っていた。しばらくして、さくらが話しかけてきた。
「ねーえ、相原くん」
「何だ?」
「私、彼氏にするなら相原くんみたいな人がいいなあ」
思わずきょとんとしてしまった。
「ばーか、何言ってんだ」
そう言って、俺はさくらにデコピンしてやった。
「いたっ!もー、ひどいなあ」
そう言ってさくらは、いつものように笑っていた。
今のは、嘘じゃなかったみたいだな。
今度こそ、ゴールテープを 古野ジョン @johnfuruno
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