第四話 空白
俺は昼飯を食べ終え、ふうと息をついた。
今日は朝から雨が降っている。
外を見ると、グラウンドには既に水たまりがたくさんできている。
こりゃ、今日は室内練習だな。
そんなことを考えていると、後ろの席からさくらが声を掛けてきた。
「ねえ相原くん!!!」
相変わらず元気だなあ。
「どうした?」
「昨日、部室に忘れ物しちゃったの!!!」
「取りに行けばいいじゃないか」
「こんな雨の中行きたくないよ!!!」
部室棟はグラウンドを挟んで校舎の向かい側にある。
それでさくらは嫌がっているらしい。
「地下通路を通っていけばいいじゃないか」
「何それ?」
え?
部室棟は地下通路を通って行くものじゃないのか?
「何って、校舎の地下から部室棟に繋がる地下通路だよ」
「そんなのあるの?」
おかしいな、運動部の奴はみんな知っていると思っていたが。
そういや、俺も再入学してから一度も地下通路を使ったことは無いな。
マネージャーの仕事のときはグラウンドから直接部室に向かうしな。
久しぶりに通ってみるか。
俺はさくらを連れて階段に向かった。
さて、階段を降りた……のだが、通路の手前の扉が閉じられていた。
開けようとしてみたが、鍵がかかって開かない。
「どうやら、通れないらしいな」
「みたいだね~」
さくらは興味深そうに扉を見つめていた。
「仕方ない、戻るか――」
と俺が言いかけたとき、階段の上から声がした。
「こら!!そっちは生徒立ち入り禁止でしょ!!」
驚いてさくらと一緒に顔を上げると、そこにいたのは笹野先生だった。
先生もこちらに気づき、
「なんだ、あなたたちか」
と言った。
俺とさくらは階段を上り、先生のところに向かった。
先生は俺たちに問いかけた。
「あなたたち、そんなところで何してたの?」
なんだか先生が俺を怪しんでいる。
待て、妙な勘違いをしていないだろうな。
「いえ、地下通路を通ろうと思いまして」
俺がそう言うと、先生はきょとんとして
「え、そんなのがあるの?」
と返してきた。
結局その後、妙なことをしないようにと職員室で先生から注意を受けた。
「じゃあ、今後は気をつけるように」
「分かりましたあ」
そう言うとさくらは、職員室を飛び出して行った。
俺も教室に戻ろうとすると、先生に呼び止められた。
「相原くん、他の先生に聞いたら地下通路は五年前くらいから通れなくなったらしいわ」
「そうですか」
なるほどねえ。
それで先生も知らなかったのか。
昔からいろいろと変わっているようだ。
すると先生は真剣な表情になり、
「相原くん、あまり変なことをすると昔のことがバレるわよ」
と告げてきた。
地下通路のことは知らなくても、俺の過去は知っているようだ。
まあたしかに、今日のことはまずかったかもな。
俺が以前にも若野木高校に通っていたことがバレたら、その頃のことを詮索されそうだ。
「まあ、気をつけますよ」
「ええ、その方がいいわ」
俺はぺこりと礼をして、職員室を出た。
だが、教室に戻ると――
「でね、相原くんが地下通路っていうのに連れて行ってくれたの!!笹野先生も知らなかったんだよ、すごくない!?」
とさくらが大声で話していた。
しまった、こいつの口を塞ぐの忘れていた。
「おい、さくら……」
と俺が言いかけると、さくらが
「ねえ、相原くんって昔も若野木高校に通ってたんでしょ!?」
と大声で言ってきた。
「いや、それは……」
「だって地下通路のこと知ってるってことはそういうことでしょ!!入学式のときも、最初から教室の場所とか把握してたし!!!」
これは……参ったなあ。
でも嘘は言えないしな。
仕方ない。
「ああ、そうだよ。俺は一度、若野木高校に通ってたんだ」
「だよねえ!!」
成り行き上仕方ないか。
昔のことがバレたら、どうしようか。
そんなことを考えていると、さくらを囲んでいたクラスメイトが話しかけてきた。
「ねえ、相原くんが通っていた頃ってどんな感じだったの?」
「昔から体育の熊谷先生ってあんな感じ?」
「前から学食のカレーって不味かった?」
「ちょ、ちょい待て。一人ずつ答えるから」
俺は昼休みが終わるまですっかり人気者だった。
授業を聴きながら、ふと考えた。
こんなことでクラスメイトたちと会話できるとは。
怪我の功名というか、何というか。
どちらにせよ、これはさくらの性格が底抜けに明るいおかげだろう。
常にクラスの中心にいて、教室の雰囲気を作り出している。
さくらは常々、俺に感謝の言葉を述べている。
勉強教えてくれてありがとう、とか、マネージャーしてくれてありがとう、とか。
けど、本当に感謝の言葉を言うべきなのは俺の方だろうな。
こんな奴のためにありがとう、とね。
授業が終わり、俺は荷物をまとめていた。
雨は止まないし、今日はやはり室内練習になりそうだ。
道具を取りに部室に行かなくては。
そう思いながら教室を出ると、皆川がついてきた。
「どうした?」
「相原くん、部室に行くんでしょ?」
「そうだけど」
「僕も行くよ。さくらに忘れ物取ってこいって頼まれたんだ」
同級生をパシリにするなよ。
俺たちは昇降口から校舎を出て、部室棟に向かった。
部室の鍵を開け、道具を取り出す。
ひと通りの道具を揃えたところで、皆川に声を掛けた。
「忘れ物はあったかー?」
「あったよ、ほらこれ」
皆川の手にはさくらの運動靴があった。
アイツ、昨日はどうやって帰ったんだ。
「もう鍵閉めていいかー?」
「ちょっと待って、相原くん」
皆川はそう言うと運動靴を置き、部室の隅へと歩いた。
そして手に取ったのは――
練習ノートだった。
「これ、見覚えない?」
皆川はそう問うてきた。
皆川が手に取っていたのは、俺が以前在籍していた年の練習ノートだった。
部誌は処分されていたのに、こっちは処分されていなかったのか。
「それが何か?」
俺はそう答えた。
練習ノートにはあくまで練習内容しか載らないはず。
俺の名前が載っているはずはない。
「相原くん、前にも若野木高校に通ってたんだよね?」
「そうだ」
皆川は何を言いたいんだ。
「この空白期間について知らないかい?」
そう言うと、皆川は開いた練習ノートを差し出してきた。
見ると、九月の中に二週間ほど空白の期間がある。
「定期試験期間じゃないか?」
「いや、他の月を見るときちんと『定期試験のため部活休み』とか書いてあるんだよ。こんなに長い休みなのに説明が無いのはここだけ」
空白期間が始まった日付は「あの日」の翌日か。
でも、今は真実を明かすわけにはいかない。
「相原くん、実年齢通りだとこの年に若野木高校に通っていたはずでしょ?」
「そうだ」
「で、陸上部だったの?」
「……そうだ」
「なら知ってるはずだよね?」
「……」
答えに詰まっていると、部室の外から大きな声がした。
「お~~い、二人とも~~!!」
さくらだ。
これ幸いと、俺はさくらの方を向いた。
「どうした?」
「ごめ~ん、もう一個忘れ物あったの~!」
「何を忘れたんだ?」
「パンツ!」
馬鹿かコイツは。
結局、さっきの話は有耶無耶になった。
三人で部室を出て、校舎に向かって歩く。
雨で濡れたグラウンドを注意深く歩いていると、皆川がこそっと話しかけてきた。
「相原くん、さっきの話は」
「悪いが秘密にしておいてくれ。いずれ話す」
「分かった。秘密にしているから、必ず話してね」
「ああ、分かったよ」
まあ、こんな調子じゃいずれバレそうだしな。
二人でこそこそ話していると、さくらがこちらを向いて
「も~なんで私抜きで内緒話してるのよ~~!」
と言ってきた。
「まあ、恋バナだな」
「え~聞きたい聞きたい~~!!」
駄々をこねるさくらを適当にいなす。
まあでも……恋バナってのは嘘じゃないかもな。
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