第18話 どっかの野外フェスかよ
――残り時間4:37
覚醒した聖獣フェニックス。
その姿に圧倒され立ち尽くしていると、突如――地面が割れんばかりの大歓声が響き渡ってきた。
「なんだ!?」
驚きにオレは我を取り戻した。
「見物に集まった民衆です。あちらからご覧になれます」
イーヴァとともに屋上の端まで行き、下を覗き込んで見ると、彼女が言うように城門前の広場は「どっかの野外フェスかよ」ってくらい大勢の人々で埋め尽くされていた。こっからだと人の頭しか見えん。
「黒山の人だかり」って言葉があるけど、コッチの世界の人々は皆カラフルな髪色で、赤やら緑やら青やら金銀まで取り揃っており、上から見下ろすと中々の景観だった。
「スゲー人数だな」
「みな、楽しみにしておりましたので」
娯楽が少なそうな世界だしな。
こんな一大イベント見逃すわけねーか。
「さっき、聖獣は神の遣いだって言ってたよな。そんときは信じられなかったけど、この姿と状況を見たら納得だわ」
地球でも宗教がらみで盛大なイベントが結構あるしな。
「なにを他人事みたいにおっしゃってるんですか?」
「そうだよ〜」
儀式の後処理を終えたのか、こっちにやって来たリスティアもイーヴァに合わせてそう言う。
二人とも「ひと仕事終えてスッキリ」といった顔をしているけど、疲れているのか若干やつれ気味だった。
「あれ、オレなんか変なこと言ったか?」
「聖獣もそうですが、シズク様目当てでもあるのですよ、彼らは」
「勇者さま、人気者だよね〜」
「そうなんか?」
オレが人気者だっていう状況が、いまいち理解しかねる。
だけど、よく考えたら、オレの立場って来日した大物外タレみたいなもんだよな。そう思えば、納得か。
「姉上、よろしいですか?」
「うん。いつでもおっけーだよ」
「それでは、シズク様もお着替え下さい」
言うなりイーヴァは初対面時のドレスに早着替え。リスティアも同様だ。
やっぱり、この格好だと、どっから見てもお姫様だよな、二人とも。
オレも慌てて勇者シリーズ一式を身にまとう。ポチッとな。
いやあ、楽だわ、この換装スキル。
「これから出陣式を行います。最初に私たちが民衆に向けて短い演説をいたします。その後、こちらで合図を出しますので、シズク様からも一言お願いいたします」
「はっ!? なに言えばいいんだ?」
予想していなかったところで、いきなり振られたオレは慌てる。
「難しく考える必要はございません。魔王討伐に向けての勇者としての率直な意気込みを伝えていただければ、それで結構ですので」
「『リスティアちゃんラブ〜』でもいいよ〜」
イーヴァさん、サラッと言うけど、それ、むっちゃ難しいっす。ムチャ振りっす。
そりゃー、マジモンの勇者さんだったら簡単だろうよ。
魔族に大切な人たちを殺され、魔王退治を決意しての旅立ち。
長く苦しい戦いの旅を続けながら、少しずつ成長し、頼りになる仲間たちも得て、装備も段々とよいモノへと変わっていき、それに連れて、相手にする敵もランクアップ。
時には、魔物の襲撃から村を救って、村人たちから感謝され。
時には、魔物との戦闘で窮地に陥るも、仲間たちと力を合わせて苦難を乗り越え。
そして――ようやく魔王と相対(あいたい)する準備も覚悟も万端に整った。
――そういう感じのマジモンの勇者さんだったら、思いの丈をブチまけるだけでいいだろうよ。
こみ上げてくるアツい思いが勝手に口から出てくるだろうよ。
だけど、なあ。
ぶっちゃけ、オレ、この世界になんの思い入れもねーし。
つーか、勇者になってから、まだ1時間ちょいだし。
魔王がどんなヤツで、なにしてきたかも知らんし。
姫様二人以外と会話すらしてねーし。
後をついて行くだけの簡単なお仕事しかしてねーし。
そんなオレになにを語れっていうんだよ…………。
あっ、もちろん、リスティアの案はソッコー却下で。
そんな思いのオレを余所に、二人は十段くらいの階段を昇り、お立ち台のような場所に並び立った。
二人の登場で場が沸くが、リスティアが片手を挙げると、ざわついていた人々は静かになった。
「我が民よ――」
群衆が静まったのを確認すると、凛とした声でリスティアが語り始めた。
「この世界に災禍をもたらす魔王の復活まで、僅かな猶予しか残されていない――」
リスティアの演説が続いていくが、自分の出番のことが気になって耳に入ってこない。
さて、なにを話したものか……。
「――だが、安心せよ。今、こうして王家と聖獣の間に交わされた古(いにしえ)の約定によって、聖獣フェニックスは覚醒し、真の力を取り戻した」
リスティアはフェニックスに視線を送り、再度手を挙げる。
その合図に従い、うずくまっていたフェニックスは巨体を引き起こし、両翼を高く持ち上げた。
自らの雄姿を存分に魅せつけた後、フェニックスは二度三度、その翼を大きくバタつかせる。
フェニックスが翼を動かす度に、その翼からは金色の光の粒子があふれ出し、それは光の霧雨となって、地上へ燦々と降りつけた。
あまりの神聖な光景に、誰もが声を忘れ静まり返る中――。
「キュイイイイイ――」
フェニックスが首を持ち上げ、天に向かって一声嘶(いなな)くと、これまでよりも一層大きな歓声が沸き起こった。
いつ止み終わるともしれない拍手と歓声だったが、頃合いを見計らい、リスティアが手を挙げた。
「それだけではない――」
静まった群衆に向かい、厳かに告げる。
出番の合図とばかり、イーヴァがこちらを見やり、ゆっくりと頷いた。
オレはゆっくりと一歩ずつ階段を昇っていく。
やべー、めっちゃ緊張する……。
足とかちょーガクガクだし……。
慣れない鎧とか着てるし、踏み外さないようにしないとな……。
ここでコケたらイーヴァから「いらんボケするな」って冷たい視線が飛んでくること間違いなしだ。
すでに「コケることには定評があるオレ」との評価を確立しているし、クール系美少女からの冷たい視線もご褒美っちゃーご褒美なんだけど、いかんせん、これだけの大勢の前でそれはカッコ悪すぎる。
まじ、ガンバレ、オレ!
――結局、笑いの神が降りてくることもなく、無事に昇り切ることに成功した。ホッ。
ただ、ちょっと短い階段を昇っただけなのに、この世界に来てから一番やり切った感があるのは、勇者としてどうなんだろうか……。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『俺の演説、どやぁ!』
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