第5章 40話 逃げ込む場所

「明日野湖を出た立貴は、なにをするでもなく、山の中で、ただぼんやりとしていました」


 記憶を丁寧に辿りながら、優月は続ける。


「木々が生い茂っている場所とか、洞窟とか、外から見えにくい狭い場所が好きでしたね。そんな場所に入り込んで、少し休んだあとは、じっと山の景色を眺めていました」


 無表情な立貴だったが、気に入りの場所に入り込む瞬間だけ、目元を緩ませていた。


 あのときの彼の表情が、朧気に想い出された。


「霊泉のことを直接頼もうと、私たちは彼に、何度も接触を試みました。でも彼は、気配を察しただけで立ち去ってしまいます。他者と関わるのを避けているようでした」


 明日野湖の龍に、酷い扱いを受けたから、逃げているのかと思っていたが、違った。


 捨てられた傷が癒えていなかったのだ。


「そう……」


 夏澄が小さくつぶやいた。心配気にうつむく。


「立貴には、逃げ込む場所が必要なのだと思いました。それで、私たちは彼が安らげるよう、私たちが住む山頂に禁足地を設け、そこに立貴を誘いました」


 立貴は初め、見向きもしなかった。


 だが草花が、ゆっくりと立貴の心を解かしてくれた。

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