人類最後の錬金術師さん、魔術の世界で無双する(最強可愛いゴーレム付き)

猿渡かざみ

第1話 ミスリィ・ディラストメネス

 

 錬金術アルケミー

 それは神秘の業である。


 人は言う、

 それは人類が夢見る不老不死の確立だと、

 黄金を自在に錬成する奇跡のわざだと、

 はたまたこの世の真理を解き明かす崇高なる学問なのだと。


 どれも正解であり、不正解である。

 そもそも錬金術の本質を言葉で言い表すのはたいへん難しい。

 錬金術とはまさしく一子相伝の奥義であり、一人の熟達した錬金術師がその生涯をかけて弟子へと受け継ぐもの。


 ……だからこれは、ぼくたち錬金術師アルケミストにとってごくありふれた光景なのだ。


「……師匠」


 ベッドで横たわる彼女へ声をかけた。

 パッと見は二十歳そこそこのうら若い女性に見える。

 腰まで伸びた銀の髪は艶めき、その美貌にはシワの一つもない。

 ……しかし、ぼくには感じ取れる。


 かつてはその深い叡智で人類史に大きく貢献し、魔族との戦争の折には人類を勝利へと導いた十七人の大錬金術師アデプト

 その最後の一人――ミスリィ・ディラストメネス。

 彼女は長きに渡る真理探求の道を、今まさに終えようとしていた。


「ペルナート、我が愛弟子よ」


 師匠はその美しい唇を微かに震わせて、ぼくの名を呼んだ。


「300年前の錬金術師狩りで、我らが同胞はらからはそのほとんどが殺された。かつて十七人いた大錬金術師も、残るは私だけ。きっと君が世界で最後の錬金術師となるのだろう」


「……はい」


「これより私は自らの生を終え、一へと還る。……最後の仕事だ、ペルナート。君にディラストメネスの姓を与えよう。これからは大錬金術師アデプトペルナート・ディラストメネスを名乗るがいい」


「ありがとうございます、師匠……」


「そんな悲しそうな顔をするな、ペルナート」


 無理な相談だった。

 人里離れたあばら家で仙人みたく錬金術の研究に没頭する日々……、

 それこそ永遠にも近い時間を二人きりで過ごしたのだ。

 分かっていた別れとはいえ、胸が締め付けられるようだった。


「ふふ、まさかあの日戦場で拾った死にかけの子どもがここまで立派な錬金術師になるとは、分からないものだな」


「……まだまだ未熟です、もっと師匠から教わりたかった」


「何を言うか、自分でも気付いているだろう? 君はとっくに私を超えているよ、大錬金術師ミスリィのお墨付きだ」


「それでも、ぼくはまだ師匠から……」


 学ばせてほしい、いや、ただ一緒にいたい。

 だってぼくは、あなたのおかげで人間になれたのだから。

 だってあなたは、ぼくの最後の『家族』なのだから。


 しかしその先を言葉にすることはできなかった。

 口にすれば、きっと年甲斐もなく泣いてしまうから。

 ああ、我ながらなんて情けない弟子だ。

 師匠はそんなぼくを見て、困ったように笑い、


「――よろしい、ではそんな君に最期の教えを授けよう」


「教え……?」


 歴史にその名を轟かせる大錬金術師ミスリィ・ディラストメネス末期の教え。

 果たしてどんな深遠な叡智が飛び出してくるのかと身構えていると――


「ペルナート、君はこれから友達を百人作れ」


「……はい?」


 それがあまりに間の抜けた台詞だったから、きょとんとしてしまった。

 こぼれかけた涙も思わず引っ込む。


「と、友達ですか?」


「そうさ、よき友人を作り、よき恋をし、よき人生を送り――よき最期を迎えよ。それをなしてこそ君の大いなる作業マグヌム・オプスは完了する」


 ……あるいは、それこそが師匠の目的だったのかもしれない。

 湿っぽいことをなにより嫌う、わが愛すべき師匠、最期のプレゼント。


「私が死んだら後片付けをよろしく頼む、日記は見るなよ、オリジナルの詩を添えてあるんだ」


「……ふふ」


 涙の代わりに笑みがもれてしまった。

 本当に、この人は最期まで。


「分かりましたよ師匠、友達百人作ります。後片付けもします。だから安心して逝ってください」


「うむ、精進せよ。――ではさらばだ我が愛弟子! よい人生であった! ああ、しかし最期にもう一度ぐらいかぼちゃのパイを食いたかったな――」


 そんなマヌケな言葉を最期に、大錬金術師ミスリィ・ディラストメネスは眠るように息を引き取った。

 享年1720歳、大往生であった。






 ※※※※


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