第14話 特別講師に頼ります!



 私が想像していたよりもエリーザ様の中に秘めていた想いは強かったようで、話に対する食い付きがとてもよかった。


 想いを形にする推し活。


 これを言葉だけで説明するのは難しい上に、エリーザ様の悪役令嬢化を確実に防ぐために私は一つ手を打つことにした。


 それが、ルイス家への招待である。


「お待ちしておりました、エリーザ様」

「お、お、お邪魔致しますわ……」


 どことなく緊張しているエリーザ様。


 アンネとビリー曰く、エリーザ様は今回初めて友人の家に行くのだとか。


(そうよね。やりたいことリストに書いてあったもの)


 じっくり見たわけではないので、記憶としておぼろげだったが、アンネとビリーのおかげで確信へと変わったのだった。


「イ、イヴェットさん。これ、大したものではないけれど」

「ご丁寧にありがとうございます」


 エリーザ様から紅茶の茶葉のお土産を受け取ったところで、私は自室へと案内した。


「エリーザ様。大方説明した通り、ハンカチに刺繍をしたりぬいぐるみを作ったりと、いわゆるもの作りが形にすることになります」

「もの作り」

「刺繍を縫われたことはありますか?」

「昔に少しだけ……王子妃に必要ないものと言われてからは止めてしまったけれど」

「なるほど……」


 完璧主義のエリーザ様にとっては、未来の王子妃に必要なものに長い時間向き合い続けてきたのだと思う。娯楽などに割く時間がないほどに。


「それなら今日をきっかけに、もう一度やってみるのも良い案かと」

「そ、そうかしら」


 にこりと微笑むと、私は自室の扉の前で立ち止まった。


「昨日少しお話ししたように、想いを形にする大切さを実感している方の体験談こそ、エリーザ様に必要かと思います」

「ル、ルイス夫人の……」


 こくりと頷くと、私は部屋の扉を開けた。そこには、穏やかな笑みで私達を迎えるお母様が立っていた。


「!!」


 今日招待した最大の理由は、お母様に推し活を教えていただく方法を取ったから。


 昨日色々と考えた結果、私のしてきた推し活よりもお母様の推し活の方がエリーザ様に共感できる部分が多いと判断したのだ。


 そして、昨夜お母様にダメ元で頼みにいった結果、快く承諾してくれた。


 エリーザ様の境遇や“推し活”という明言を避けることなど、打ち合わせを軽く行ったので、お母様もエリーザ様に関しては把握済みだ。


 挨拶を終えた二人だったが、エリーザ様の緊張はとける気配がなかった。


「イヴちゃん、エリーザ様。座りましょう」

「ル、ルイス夫人! 様などわたくしにはもったいない敬称ですわ」

「ですが、私は侯爵夫人ですから」

「あ……」


 エリーザ様の考えていることは何となくわかった。母オフィーリアが公爵家出身という部分が、エリーザ様の中で混乱しているようだった。


「……それじゃあ今日をきっかけに、私はエリーザさんと呼んでもいいですか?」

「! もちろんよ……!!」


 混乱をほどくことと、エリーザ様との距離を近付けるために提案をした。どんな反応をされるか不安だったが、エリーザ様は喜んで受け入れてくれた。


「それなら私もエリーザさんとお呼びしようかしら?」

「ぜ、是非……!!」

(良かった、丸く収まった)


 エリーザ様から直接聞いたことはないが、どことなく彼女からはお母様に好意的な部分を感じている。


 その面は私としてはとてもありがたいことなので、このまま温かな空気で進んでくれることをそっと願った。


 お母様に言われた通り着席すると、早速お母様による推し活の歴史が語られた。


「私は好きという気持ちを諦めることができなかった人間なの。だから、無理に押し込まずに放出させていったわ」

「放出……それがもの作り、ですか?」

「えぇ。これはただの自己満足と言われればそれまで。……でも自己満足でいいじゃない。誰にも迷惑をかけてないんですから」


 二人のやり取りをそっと眺めていた私は、六年前の出来事を思い出しながら胸を温かくさせていた。


「相手を想って作るけれど、それを本人に渡す訳じゃないの。渡すことは迷惑になる可能性もあるから。ただひたすら、自分で作ってそれを飾るの。……そうすれば、苦しくて辛い気持ちを緩和できると思うわ」


 お母様による推し活とは、自分への証明。かつて私がお母様を思って伝えたことか、めぐりめぐってエリーザ様へと届いていく。


「蓋をしていつか爆発させるよりも、少しずつ押し出して形にして満足する方が、エリーザさんよ精神衛生的にも安全だと思うわ」

「確かに……」

  

 エリーザ様は少しずつお母様の言葉に揺らぎ始めた。


「とはいえ。具体的に何をするのか知らなければ、私の言うことは理解しがたいと思うのね」

「そ、そんなことは」

「ふふっ。ありがとう気を遣ってくれて。取り敢えず持ってきたものだけれど、良かったら手に取って見て」

「!!」


 そういってお母様は、ご自身が作り上げた推しグッズをエリーザ様に見せた。


「素敵……凄く、素敵です……」

「嬉しいわ、ありがとう」


 グッズを手に取るエリーザ様の横顔は、ただ見とれているだけではなさそうだった。


「こういう風に形にするとね、自然と自分の中にたまっていたものが外へと出るの」

「外に」

「それに、何だか嬉しくて誇らしくなるのよ。私って、これだけ想っているのね、凄いって。やり場のない想いを作ることで消化すれば、本人を目の前にして辛くなり過ぎなくなるから」

「…………」


 さすが体験者。


 私が伝えるよりも、はるかに説得力がある。その上お母様はエリーザ様を尊重するように言葉を選んでいた。


 悩み込むエリーザ様に、お母様はパンッと手を叩いて微笑んだ。


「取り敢えず、一度やってみると良いんじゃないかしら?」

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