第13話 こっそりと回避します




 エリーザ様の答えに、私はこくりと頷いた。


「政略的な婚約だとわたくし自身理解しているの」

「はい」

「けれど……お慕いする気持ちが芽生えてしまって。……悪いことだとわかっているのだけど」

「どうして悪いことなのですか?」


 純粋な疑問を尋ねれば、エリーザ様は悲しそうな笑みを浮かべた。


「分不相応で叶わない想いは、抱くだけ辛い想いをするから……」


 消え入りそうな声で呟くエリーザ様に、どこか胸が痛くなる。どうして、という言葉よりも先に態度に現れたため、エリーザ様がそのまま話し続けてくれた。


「……殿下は王太子になられるお方。その邪魔になってはいけないわ。それに……想い合うことは、政略的な婚約では求められていないもの」

「…………」


 王太子になる。それはすなわち、国王になることを指す。我が国リミネンスの現国王には、王妃様の他に二人の側室がいる。それを思い出すと、エリーザ様が暗い表情をしている理由がどこかわかる気がした。


 叶わない想い、その意味は納得はしていないが理解できた。ただ、前者の分不相応が単純に疑問が生まれた。


「想うことが……分不相応なのですか?」

「えぇ。わたくしに与えられた役目は、殿下を王太子にすべく後ろ楯になること、王妃となった時にお支えできるよう学び続けることのみだもの」


 まるで想うことは雑念で、悪いことだと決めつけているエリーザ様がいる気がした。


(この思考が、将来的にこじれてしまうのかしら……)


 とても悪役令嬢には見えないエリーザ様だが、ヒロインという少女で悪に堕ちてしまうのは、嫉妬心が生まれたからかもしれないと推測できた。


(エリーザ様、恋愛に関してはかなりのネガティブ思考なのね)


 普段、公爵令嬢として堂々と振る舞われている分、その姿がどこか意外で尚且つ“らしくない”と感じてしまった。


「想い合うことが目的でないとしても、エリーザ様が個人的に想うことは悪いことではないと思うのですが」

「えっ」


 公爵令嬢としての矜持や、アプリコット家のお考えがあるかもしれない。だから私は、常識的なものさしで語り始めた。


「お慕いし、片想いだとしてもそれは悪いことに直結しません。だってエリーザ様が殿下を想うのは自由じゃありませんか」

「自由……」


 辛い想いをする。

 その未来が必ずしもないわけではない。現に彼女は、ゲームでは悪役令嬢として堕ちてしまっているから。


(友人として……助言することの重要性が、今問われている気がする)


 直感的にそう感じた私は、エリーザ様に少し食い気味に話した。


「辛い想いをする、と仰られましたがご家族にそう伝えられたのですか?」

「そうではないけれど……」

(それはつまり、現在進行形ということじゃ……?)


 失礼ながら、エリーザ様は私と同じく友人が少ない。そんな彼女が家族から言われなかったのなら、自分でたどり着いた答えとしか思えない。


「辛い想いを“する”、ではなく“している”のですね」

「!!」


 考えは的中したようで、驚くようにエリーザ様は固まってしまった。その反応は肯定と言えるもの。私は反射的に感じ取ることがあった。


(……今のエリーザ様、昔のお母様にどことなく似ているわ)


 初めてお母様の視界に自ら飛び込んで、推し活を教えた日を思い出した。あの日のお母様ほど瞳は暗くないが、感情や雰囲気がほんの少し似通っていた。


「……そうよ。でもいいの。わたくしはこれで」


 諦め一色のエリーザ様はどこか苦しそうで、とてもこれでいいとは思えなかった。


(自分の想いに蓋をして、見て見ぬふりをしようとしているのね。……それは放置すれば、いつか爆発してしまう)


 その結果が悪役令嬢なのだろうと、一人勝手に腑に落ちていた。


 果たして本当に蓋をしていいのか。


 私は、今目の前にいるエリーザ様の様子を観察して答えを出した。


「エリーザ様がよいと仰るのであれば、私はこれ以上言及する権利はないでしょう」

「イヴェットさん……」

「ただ一つ、友人としての助言を許してくださるのなら。その蓋を、ほんの少しだけ開けておくのも大切だということをお伝えしたいです」

「ほんの少しだけ……」


 気持ちを制御することを否定する訳ではない。ただ、エリーザ様本人が苦しんでいることに気が付かないものは、制御と言えないだろう。


「……」

「……」


 目線を下げ、自分の想いに向き合い始めたエリーザ様。胸に手を当てる様子は、自身に問いかけているように思えた。


 そしてゆっくりと顔を上げると、真剣な眼差しで私に尋ねる。


「蓋をほんの少し開ける方法があるのかしら」

「あります」


 力強く頷くと、私は例え話を始めた。


「私のお母様もよく、ご自身の想いに対して不安になられることがありました」

「あのルイス夫人が……!?」

「はい。自身の好意が迷惑になっていると悩む時期がありました」

「わたくしと同じだわ……」


 これはキャロラインという前日談があるのだが、そこは省いて問題ないだろう。


「それでも想いは止められるものじゃなかったので、どうすればいいか悩まれた末にある方法を試し始めたんです。結果、今に繋がっています」

「ある方法……」


 推し活、と明言するには説明が長くなってしまう。それに推してみることは、少し抜けているあのお母様だから通用したのだ。


 理性的で知的なエリーザ様には、不信感を与えるので逆効果な気がした。


(……エリーザ様は、気が付いたら推し活していた! の方が良いと思う)


 そう決断すると、エリーザ様に話を続けるのだった。

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