第2話 強制力はないんですか!本当に⁉


 時が過ぎるのは想像以上に早く、気が付けばもう入学式の日の朝を迎えた。しかし、学園生活が始まることに対する緊張や焦りは意外となかった。


(まぁ、乙女ゲームが始まるのはまだ先だしなぁ)


 気を張らないといけない、いわゆる本番はまだ一年も先だった。一年しかないと慌てる時もあったが、よく考えてみれば元々登場人物ですらなかった私にできることは数多くない。なので、焦っても慌てても仕方ないと思ったのだ。


(今は花の学園生活を楽しみましょう)


 前世ぶりに着る制服は、きらきら輝いているように思えた。


「前はブレザーだったけど、今回はボレロなんだよね……! ジャンパースカート、高貴感あって好きだな」


 鏡に映る自分の制服は、何度もプレイしてみたゲームの世界の制服だった。制服はドレスと違って自分で着るもの、という感覚があったので、侍女に手伝ってもらうことなく一人で着替え終えていた。


「届いた日から着るのが楽しみだったけど、やっぱり凄く良い……!!」


 自画自賛になってしまうが、お母様によく似た顔に育ったおかげで、この制服も良く映える顔立ちになっていた。鏡の前でくるりと回ると、スカートがふわりと綺麗に開いた。


「よく似合っているわ、本当に」


 さすがイヴェット! と褒めようとした矢先、背後からくすりと笑みがこぼれる声が聞こえた。


「うん、凄く良く似合っているよ」


 反射的に振り向けば、そこには微笑みを浮かべるジョシュアが立っていた。


「ごめん、ノックはしたんだけど」

「……どこから見ていたの?」

「似合っているわ、かな?」

(そこならセーフかな? ……いやアウトだわ! 恥ずかしい!!)


 前世のくだりを聞かれていないのなら、と思っていたが、鏡の前で自画自賛する姿なんて恥ずかしいことこの上ない。


「わ、忘れて……」


 顔を少し赤くさせながら、目を伏せるように頼んだ。年の離れたエリシャに見られるのならまだしも、一つしか変わらない弟に見られるなんて。


「別に本当のことだから、そこまで恥ずかしがらなくても」

「あ、ありがとう」


 キョトンとしながら返って来た答えには悪意はなさそうだったものの、気を遣わせていたら申し訳ないなと思ってしまった。


「えっ……というか、どうしてジョシュアが制服を」

「あれ? 言ってなかったっけ。僕も今年から入学するんだ」

「一個下じゃなくて?」

「うん。あまり知られていないようだけど、飛び級制度があるから試してみたんだ」

(そんな制度あったの……⁉ 知らないんですが!!)


 飛び級、だなんて縁遠い言葉に固まってしまう。


「だから姉様と同じ学年だね。よろしくね」

「お、同じ学年」

「うん」


 これは一つも想定していなかった、予想外過ぎる出来事に思考が停止してしまった。


(え? どういうこと⁉ だってジョシュアの入学は来年のはずで、もっと言えばヒロインと同じ学年で最初のサポートも兼ねた立ち位置よね⁉ それなのに今年入学って、バグにもほどが……いや、強制力が何もないって喜ぶべき? わからないわ正解が――)


 ジョシュアの制服姿に視線が固定されたまま、急いで頭を働かせた。


「姉様」

「!!」

(ま、眩しいっ……!!)


 働かせている間に、距離を詰めたジョシュアが私の右手をそっと取る。


 一年早まったとはいえ、目の前にいるのはあの『宝石に誓いを~君のためのラブストーリー~』のジョシュア様なのだ。制服姿もさることながら、その美貌はますます磨きがかかって、美の化身となっていた。


 血のつながりが薄い以上、良い意味で私やお母様とお父様には似ていなかった。


(昔お母様が描いた若いお父様を見せてもらったことがあるけれど、やっぱり似ていない)


 ルイス侯爵家からはどこか遠ざかった見た目だが、ふわりと微笑む姿にはゲームのジョシュア様がまとう冷たさは一切感じられなかった。その違いに勝手に安堵していると、困ったようなため息を吐かれてしまう。


「また何か考え事? 考えるのは良いんだけど、早く朝食食べないと遅刻するよ。入学初日から遅刻はまずいよね」

「そ、そうね」

「だからと言って朝食を抜くなんてもってのほかだからね。さ、行こう」


 ジョシュアの手に引かれて食堂に移動すると、私達は朝食を取るのだった。そしてそのまま出発のために馬車へと向かう。


「あら、凄く良く似合っているわね。イヴちゃんもシュアちゃんも」

「あぁ。もう出発するのか?」

「おはようございますお母様、お父様」

「母様、父様。おはようございます。はい、これから姉様と」


 ちょうど朝の日課である散歩を終えたお母様とお父様と、玄関で合流する。ちなみにエリシャには早すぎる朝なので、まだあの子は夢の中だろう。


(……この様子、ジョシュアの入学を知らなかったのは私だけってこと?)


 その事実に気が付くと、どこか寂しさを覚えるのだった。

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