第33話 お母様は覚悟を決めました


 お母様は午後までシルビア様からの指導を受けていた。


 お茶会を主催する上での注意点を教えてもらったり、当日の茶葉を一緒に考えたりしてくれた。招待状の手配まで手伝ってくれるシルビア様は本当に優しいと思う。

準備の合間に、お母様がご自身で描かれた絵に喋りかけているのを見た時は、相当お疲れなのだろうと感じた。


(それもそうよね。これだけの準備を半日でこなしたんだもの)


 ほとんどの準備が終えられたのは、シルビア様という優秀過ぎる公爵夫人のおかげで間違いない。


 気が付けば時刻は日が沈み始めており、私達はルイス侯爵家に帰る時間になっていた。

それぞれが屋敷の玄関で別れの挨拶をしていた。


「イヴ、もう帰るの?」

「やるべきことがあるので……! ステュアートお兄様の言う通り、子どもらしく頑張ってみます」

「……少し寂しいけど。やることがあるなら仕方ないよね。イヴ、頑張って。応援しているからね」

「はい!」


 頭を優しくなでてくれるステュアートお兄様は、どこか寂しそうだった。その眼差しを受けて、私は思わず提案をしてしまった。


「……もしよろしければ、今度はステュアートお兄様がルイス侯爵家にお越しください」

「……いいの?」

「もちろんです! 大歓迎ですよ」

「そっか……じゃあイヴのやるべきことが落ち着いたら行ってみようかな」

「お待ちしていますね」


 ほのぼのとした雰囲気でお別れを告げる中、ちらりとお母様の方を見れば相変わらずさらりとした態度で伯父様の言葉を流していた。


「オフィーリア! いつでも帰ってくるんだぞ。一日なんて言わず一か月滞在してもいいのだから」

「気が向いたらまたお兄様に会いに来ます」

「オフィーリア、わからないことがあれば遠慮なく何でも聞いてちょうだい」

「何から何までありがとうございます、お義姉様……!」


 明らかに伯父様とシルビア様で態度が違うのだが、伯父様はそれを全く気にしていない様子だった。


「では、私達はこれで」

「お世話になりました……!」


 お母様と共に一礼すると、フォルノンテ公爵家の皆に見送られながら帰路に就くのだった。




 馬車の中で一息ついてお母様の方を見れば、どこか固い表情をしていた。


「お母様、不安事ですか?」

「……え、えぇ」


 おそらくお茶会のことで間違いないだろう。


開催する日はなるべく早い方が良いというシルビア様の判断で、一週間後に開くことになった。お父様に許可を取っていない状態なので、許可が下りなかった場合はフォルノンテ公爵邸で開催することになる。開催場所が決まり次第、招待状を送り始めるという手順だった。


お母様はシルビア様から主催の手順について学び、実際に振舞い方の練習もしていた。その後一人になっても、練習を続けていた。あの短時間にはたくさんの努力が詰め込まれていたと思う。


(それだけ練習したとしても……初めて行う時は何でも緊張するものよね)


 お母様の緊張を感じ取ると、どうにか励ますことにした。


「お母様、そこまで不安に思う必要はありませんよ」

「そ、そうかしら。でも……何か失敗してしまいそうで」

「失敗……大丈夫ですよ失敗したって」

「え?」

「一度やって駄目だったら、またやり直せばいいんです。一番大切なのは、やってみることだと思います」


 実際にそうだ。お母様主催パーティーを、お詫びのパーティーを行うことに大きな価値があるのだ。それに、推し活だって。お母様はやり直しを成功させているのだから。


「そうよね。大切なのは挑戦する事よね……」

「はい! 失敗と言いましたが、お母様は必ず成功すると思いますよ。何せあれだけ練習されていましたから」

「えっ……イヴちゃんあれを見ていたの……⁉」

「え? はい」

(もしかして見られたくなかったのかな)


 お母様は見られていた事実を知ると、一気に顔を赤くしてしまった。お母様とシルビア様の特訓に関しては、お母様の邪魔にならないようにこっそりと覗いていたのだ。どうやらそれがお母様からしたら想定外だったよう。


「み、見られていただなんて……」

「す、すみません! 私が声をかけるべきでした」

「イ、 イヴちゃんは悪くないわよ! ただ私が恥ずかしくて」


 両頬に手を当てながら赤い顔を隠すお母様。


(そこまで恥ずかしがるだなんて……お母様あれかな、こっそり練習するのはあまり見られてたくない派だったかな。だとしたら悪いことをしてしまったなぁ…… )


 罪悪感が胸の中で芽生えつつも、どうにかお母様の気持ちを落ち着かせて、かつ自信に繋げるためにどうにか言葉を見つけることにした。


「お母様。恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ。頑張る姿は全く恥じることではありませから。むしろ誇りに思ってください……!」

「イ、イヴちゃん…………そ、そうね。誇りに思うわ……!」

(よ、よかった)


 どこかチョロさを薄っすらと感じさせたが、今はお母様の心情管理の方が大切なので、言葉が届いたことにまず安堵した。


 ふうっとお母様は大きく息を吐いた。気持ちを落ち着かせて整理した、お母様は私の方を真っすぐな瞳で見つめた。


「…………イヴちゃん。私練習の成果が発揮できるように頑張るわ!」

「全力で応援しますね!!」


 まだほんのりと頬の赤さが残っているものの、胸の前に両手の拳を掲げたお母様は覚悟を決めた眼差しをしていた。私もそれに応じるように力強く頷くのだった。




 日が沈むころに出発したからか、ルイス侯爵家に到着するのは少し遅い時間になってしまった。馬車から下りれば空はすっかり暗くなっており、星が見えるほどだった。


「遅くなってしまったわね。イヴちゃんお腹空いたでしょう?」

「正直空きました」

「ふふっ。ではお夕飯を用意してもらいましょうね」


 和やかな雰囲気で屋敷の中へと向かった。お母様が屋敷の扉を開けようと近付いた、その瞬間。


 バンッ!


 勝手に扉が開いたかと思えば、中から人が出てきた。


「え…………ユーグリット様?」

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