第31話 優秀な公爵夫人のお戻りです



 朝食を終えて午後になったところで、遂にシルビア様が公爵邸にお戻りになった。

 ひとまず私とお母様とシルビア様の三人で話すことになった。


 シルビア様と伯父様は同じ公爵家出身の幼馴染で、お母様とシルビア様の交流は長く本当の妹のように可愛がられているのだとか。


「久しぶりオフィーリア」

「お久しぶりです。お義姉様」

「イヴェットもよく来たわね。見ないうちに素敵な淑女になって」

「ありがとうございます!」


 普段社交界に顔を出さないお母様と異なり、シルビア様は数多くの社交場に出ているお方。優秀な公爵夫人であるため、女性からは憧れの象徴にもなっている。


「話はおおかたアルフレートから聞いたわ。どうやら害虫駆除をした方がよさそうね?」

「が、害虫」

(おぉ、お強い……!)


 さすが何度も社交場を体験してきたシルビア様だ。キャロラインの話を聞くなり、敵判定するのが早い。


「それと同時並行して、お詫びのお茶会も開くということね」

「はい……ただ不安が」

「不安?」

「その。招待して皆様がいらしてくれるかはわからないので。どのような規模で準備をすればよいのか。それにお茶会は開いたことがないので……」


 お母様の不安は理解できるものだった。確かにお母様は今まで、お茶会には参加をするだけで主催をしたことはないのだ。


「あら。初めてなら、なおさら不安に思うことないじゃない」

「え?」

「?」


 シルビア様の言葉は私にとっても難しい言葉だった。


「だって、あのオフィーリア・ルイスが初めて開くお茶会よ。希少価値の高さは多くの人の興味を引き付けるわ」

「ま、待ってくださいお義姉様。あの、とはなんですか。私はそんなに社交界で有名なんですか?」

「有名じゃない。知らなかったの?」

「……はい」


 お母様は予想外過ぎる回答に、思考が追い付いていなさそうだった。


「そうなのね。それなら自分達が青薔薇と呼ばれているのも知らなさそうね」

「あ、青薔薇……⁉」

(……自分達、ってことはお父様も入るのかしら?)


 シルビア様はルイス侯爵夫妻が社交界で青薔薇と呼ばれている理由を教えてくれた。


「そもそもオフィーリアだけじゃなくてルイス侯爵も社交界に滅多に姿を現さないでしょう? 他のどんな色の薔薇よりも青の薔薇は作るのが難しい、つまりお目にかかることが難しいという意味と、ルイス侯爵家の象徴する色をかけわせた呼び名よ。不名誉な呼び名ではないから安心して」

「は、はい……」


 娘の私から見ても、お母様とお父様に青薔薇はよく似合う言葉だと思う。


「それに加えて、同年代の女性方に限らず多くの女性達からオフィーリアは憧れの対象になっているから」

「私に憧れる要素なんてーー」

「十分あるわ。オフィーリア。極論を言えば、人は美しいものが好きなの。オフィーリアは美しいだけではなく、所作から性格まで淑女として完璧でしょう。それはご令嬢時代から変わっていないわ」


 シルビア様はお母様の負の言葉に重ねるように、ただ事実だけを述べていった。


「そこに夫婦間の仲は入らないわ。そもそも知らない人が多いから。特にルイス侯爵家に関してはね」


 どうやら社交界に出ていないことで、今のお母様とお父様の関係が知れ渡ってはいないようだ。それ故に、ご令嬢時代にお母様に憧れた人が今でもお近づきになりたいと思っているのだとシルビア様は語った。


「ですがお義姉様……私は結局キャロラインとしか共にいませんでした。そうすれば、多くの人が憧れから冷めて飽きてしまうのでは?」

「一理あるわね。でもオフィーリア。貴女話しかけてくる方を無下にはしないし、挨拶だってきちんとこなすでしょう。最低限とは言え交流をこなしていたわけだから」

「それが……普通なのではないのですか?」


 お母様はきょとんとした顔でシルビア様に返したが、シルビア様はくすりと微笑みながらその言葉を否定した。


「いいえ。誰にでもできることではないのよ。普通は身分の下の者から挨拶に行かなければ交流できないというのに、オフィーリアは自ら足を運んでいたでしょう? その無意識な心遣いに感動する方は少なくないわ」

「……心遣い」


 私はふと昨日のお茶会を思い出した。


 確かにお母様は自分の足で挨拶をしに回っていた。シルビア様曰く、本来ならその行動は必要ないのだという。


「取り敢えず事実だけ述べるわね。私もキャロライン・デリーナ伯爵夫人主催のお茶会は、よく知っているわ。参加していない人にも有名なの。誰もが一度は行きたいと言うほど、いわば人気のお茶会なのよ」

「……キャロラインのお茶会が」


 そう聞いたお母様は少し暗い顔になった。私はそんなお母様が心配になってしまう。


「でもそれは、決してデリーナ伯爵夫人の用意するお茶会が優れているからではないわ。前に参加した友人に話を聞いたけど、会場も出されるお茶もお茶菓子も、全て普通だったと言っていたわ」


 全てが普通。その言葉は地味に破壊力が強かったが、要するにキャロライン様主催のお茶会は他と何も変わらないということだ。


「それでも参加するのは、他でもないオフィーリア、貴女が参加するからよ」

「私が……?」

「えぇ。要するにね、あのお茶会の人気はオフィーリアの人気に結ばれるの。オフィーリアからすれば信じられないだろうけど、それが事実なのよ」

「……」


 そうシルビア様が言っても、どこか半信半疑なお母様。そんな母の助けになるように、私は見たままを本人に伝えた。


「……お母様は人気だと思いますよ。挨拶をして回るときに、私を歓迎してくれたのもそうですが、皆様お母様に話しかけられていて嬉しそうでしたから」

「イヴちゃん……」


 逆から考えてみれば、そもそもお母様が嫌われることはないと思っている。だからこそ、シルビア様の言うことは筋が通っていて私は納得できた。


「これに関する自覚は一度おいておきましょう。私が言いたいことはね、だからこそ気を付けないといけないということよ。考えてみてオフィーリア。デリーナ伯爵夫人からすれば、貴女の不参加は今まで人気だったお茶会を潰されたようなもの。果たしてデリーナ伯爵夫人がそれを大人しく受け入れるかしら?」

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