第26話 お父様はどんな人ですか?




「さぁ、着いたよ」

「ありがとうございます、ステュアートお兄様。じゃあ」


 下ろしてください、そう言おうとした瞬間、ステュアートお兄様は書斎の扉をノックして中へと入ってった。何故か私を抱えたまま。


「父様、先程戻りました」

「おぉ、戻ったか。おかえりステュアート」

(……伯父様忙しそう。またの機会にした方が良いわね)


 ステュアートお兄様の報告には、返事をするものの、書類を次から次へと片付けている姿は多忙な人そのものだった。邪魔してはいけない、そう思った私はステュアートお兄様の耳元で小声で意思を伝えた。


「お兄様、私また今度の機会にします」

「そうかい? 父様、イヴェットが父様に用事があるようで」

「!」


 バッと顔を上げて私の存在を確認した瞬間「何だいイヴェット」という優しい声をしながら、机の手前にある椅子にすぐさま座り直した。


「さ、座ってくれ。それにしてもステュアート。お前はなぜイヴェットを抱きあげているんだ。私だってまだ抱き上げたことないのに」

「それはお気の毒に。歩かせると疲れてしまうでしょう。僕が歩いた方が速いですしね」

「確かにそうだな」

(なぜか納得してる……私もう九歳なんだけどな)


 必要以上に幼く見られている気がして、少ししょんぼりとしてしまったが、確かにステュアートお兄様が歩いた方が速いのは事実だった。


「さ、イヴ。座って」

「ありがとうございます」


 ステュアートお兄様はそっとソファーに下ろすと、そのまま隣に座った。


「それでイヴェット。どうしたんだ?」

「あの、お父様のことで質問があって」

「ユーグリットか。聞こう」

「伯父様から見たお父様はどのような人ですか?」


 まずは純粋な疑問から尋ねることにした。


「どんな人……そうだな、凄く真面目かつ優秀な侯爵だと思うぞ。力量は十分だからルイス侯爵家が衰退することもないだろう」

「父様、なぜ着地点がルイス侯爵家の衰退の有無になるんですか」

「あぁ……その、先程少しふざけたことを言ってしまったから。イヴェット、それで心配して尋ねたんじゃないのか?」


 先程、というのはお母様がフォルノンテ公爵邸を訪れた理由に関して言及した時のことだろう。


「そこまで心配していませんが、お父様が優秀だと評価されるは凄く嬉しいことですね」

「安心するといいぞイヴェット。ユーグリットの優秀さは社交界でしっかり知れ渡っているから」

(…………もしかして、だからキャロライン様は狙っていたのかしら)


 お父様は普段からルイス侯爵家でこもって仕事をされている。その仕事に対する評価は子どもの私にはわからないため、純粋に褒められるのは嬉しいことだった。


「そうなんですね。良かった……」

「他にも何か不安事があるなら聞くぞ」

「あ……」


 本当に聞きたいのはただ一つ。お父様はお母様をどう想っているのか。しかしその答えを知るのは本人しかいない。それに、それこそ私が聞いてはいけない気がする。


(……ここは少し作り話をしよう)


 真実を話すと、色々と伯父様の怒りに触れそうだったので、それを避けるために作り話をすることにした。


「実は最近、お父様とお母様が喧嘩をして」

「喧嘩を?」

「そこまで大きなものではないのですが、その。お母様が不安になってしまわれたようで」

「オフィーリアが不安に?」


 喧嘩など一度もしたことのない夫婦だが、まさか何年もお母様が異常な行動をしていたとも言えず。なので、真実を織り交ぜながら話すことにした。


「お母様が政略結婚なのを気にしていて」

「政略結婚……そうだな」

「その。お父様との結婚は、お母様が無理やりお祖父様に頼んだもののようで、それを負い目に感じている様子でした」


 これは本当の話。お母様がずっと、家の権力を使って無理矢理婚約してしまったことを、最近はずっと後悔していたのだった。もちろん元凶は別にあるが、今は置いておく。


「……なぜそんなに気負うんだ?」

「えっと……」


 そう返ってくるとは思わなかったので、どこまでお母様の今までの行動と心情を説明すればいいのかわからなくなってしまった。言葉に詰まれば、伯父様は不思議そうな顔で続けた。


「確かに二人は政略結婚だ。お父様がオフィーリアに頼まれて、それを進めようとしたのも知っている」

「……進めようとした?」

「あぁ。こちらから打診する前に、向こうから話が来たんだよ。ルイス侯爵家からな。あの真面目な文面は忘れてないぞ。確か、“分不相応だとわかってはおりますが一度お考えいただければと思います”だったな」

「…………?」


 私の中で、疑問が生まれ始めた。


「それはまるで、お父様が望んで結婚をしたように聞こえるのですが」

「賢いなイヴェット。その通りだよ。どうやら心底惚れていたようでな。うちのオフィーリアもお父様にお願いするほど望んでいただろう? その偶然の奇跡のおかげで、政略結婚とはいえほとんど恋愛結婚ができたというわけだ」

「…………そうなんですね」


 想定外の伯父様の言葉には、私はそれ以上言葉を返せなかった。


(これは…………凄くいらない奇跡が起こっているみたい。どうやら私もお母様も……そしてお父様も。とんでもない勘違いをしているみたいです)



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