第25話 次はハッピーエンドを目指します!




 お母様がフォルノンテ公爵令嬢だった時代に使われていた部屋はそのまま残っており、部屋の中だけでも十分探検要素があった。


「凄く可愛いお部屋ですね」


 青色基調で統一された部屋は、可愛いらしさと大人らしさを兼ね備えた部屋だった。


「私は今のイヴちゃんの部屋も好きよ」

「私もお気に入りです」

「ふふっ」


 何せ、センスの良いお母様が選んでくれた家具が並んでいる部屋だから。


「それにしてもこの部屋は寂しいわね」

「寂しい、ですか?」

「えぇ、イヴちゃんと一緒に頑張った推し活の証が一つもないもの」


 そう部屋を見渡すお母様は、本当にどこか寂しそうだった。

 確かに、数か月とは言え推し活に真剣に取り組んできたルイス侯爵家にあるお母様の部屋の方が、華やかで愛のこもっている部屋だろう。


(私が作ったジョシュアの推しグッズも一つもない……確かに寂しいな)


 お母様の思いに共感しながら、部屋の中にあるソファーに二人並んで座った。


「でもイヴちゃんがいるから問題ないわね!」

「……そうですね!」


 その言葉は嬉しいもので、お母様との心の距離が完全に縮まったことを表していた。寂しい部屋ではあるものの、お母様と二人なら問題ない。


 しばらく経つと少し早めの夕食となった。伯父様は仕事があるため、夕食は共にできなかったが、明日の朝食は必ず一緒に取ると約束してくれたのだった。


 お母様は今日の疲労が相当蓄積されたのか、夕食を取ると必要なことを済ませると、横になった瞬間に眠ってしまった。そっとお母様の寝顔を見るためにベッドに上がる。整った顔立ちの人は、寝顔まで美しいようだ。


(……私がお母様のためにできること)


 ここから先は確かに大人の戦いで、子どもの私は蚊帳の外になってしまうかもしれない。でも私は最後までお母様の力になりたいと思うのだった。


 そして、今日の自分に起きた出来事を思い出す。


(闇落ちバッドエンドは回避できて……でも、だからといって今のお母様はとても幸せそうには見えないわ)


 度々見せる切ない眼差しと寂しそうな声色が、私の頭から離れずはっきりと思い出させた。お母様は何があってもお父様への想いが変わることなく、自身が成長している今もその想いは胸の中にあり続けている。


 ふと思った。私はお母様の闇落ちバッドエンドを回避したら、そこで終わりでいいのかと。満足していいのかと。


(……いいえ。目指すべきはお母様のハッピーエンドよ)


 眠りにつく愛しい母の寝顔を見ながら、私は新たな決意をした。


(お母様との約束……お父様を振り向かせるという約束、必ず果たして見せます)


 一人力強く頷くと、私はベッドから下りた。


(そのためにも欠かせないのはお父様の調査……そういえば伯父様はお父様のことを信頼している様子だけど、ということはよく知っているということかしら?)


 そう、言葉の端々からお父様への信頼を見せ、あんなにもシスコンなのに任せている様子を考えると、何かしっかりとした理由があるのではないかと思った。


(伯父様にお父様のことを聞いてみよう! …………まぁ、信頼できる理由は直感だと言われたらそれまでなのだけど)


 聞く前から成功するイメージができなかったが、行動するのみと思った私は、足音を立てずにそっと部屋を出るのだった。


(伯父様の部屋ってどこかしら。誰かに聞かないと)


 部屋を出ると、取り敢えず応接室の方へ向かいながら人を探すことにした。何分、この屋敷は数えるほどしか来たことがないので、当然伯父様の部屋は知らない。


(……迷子になりそう)


 その予感は見事当たり、自分が今どこにいるのかわからなくなってしまった。


(うぅ、ついてない……まさか誰にも会わないとは)


 しょんぼりしながら屋敷を歩くものの、伯父様の部屋も人も見つかりそうになかった。


(疲れた……)


 そうため息をついた瞬間、背後から聞き覚えのある声がした。


「そこに誰かいるのかい?」

「……! ステュアートお兄様!」


 振り向くと、そこにはフォルノンテ公爵子息であり私の従兄弟であるステュアート様が立っていた。


「わぁ、イヴだ。本物かな?」

「本物です!」


 五歳年上の十四歳になったお兄様は、私よりはるかに背が高い。駆け足で近付いてくると、嬉しそうに歓迎してくれた。


「イヴ、フォルノンテ公爵邸にいらっしゃい」

「お邪魔しております。お兄様は今帰られたのですか?」

「そうだよ。今日から学園が長期休暇でね。友人と遊んだ後だったんだけど、まさか家にイヴが来てるなんて思わなかった」


 優しい微笑みはどこか伯父様の面影を感じさせるが、顔のパーツはどちらかというとシルビア様の方に似ていた。王子といっても過言ではないほど整っているお顔は、きらきらと輝いていた。


「お母様のご用事で滞在しています」

「そうなんだね。ところでイヴはこんなところで何しているの?」

「伯父様のお部屋に行きたかったのですが、迷子になりました」


 しょんぼりしながら答えると、ステュアートお兄様は優しく頭を撫でてくれた。


「正直だね。迷子になるイヴかぁ、可愛いなぁ」


 その感覚はよく分からないが、ステュアートお兄様は微笑んでいた。

 彼はとても穏やかで優しい性格な上に、私のことを本当の妹のように可愛がってくれる、とても頼りがいのある人だ。


「父様の部屋にいきたいんだっけ? いいよ、僕が案内するよ」

「いいのですか?」

「もちろん。せっかくだからお話しながら行こうか」

「ありがとうございます!」


 早速後をついて行こうとすれば、私はいとも簡単にステュアートお兄様に抱き上げられてしまった。


「……お兄様。私自分の足で歩けますよ?」

「迷子だったんだよね? 歩き疲れたと思うよ」

「でも私は重いですから」

「天使の羽のように軽いから大丈夫。少し足を休めよう。それにイヴを持つのは好きだから」


 よくわからない回答をされると、どう突っ込むべきかわからずに苦笑いをしながら取り敢えずお礼をした。


「……ありがとう、ございます」

(相変わらずどこか変わっていらっしゃる)


 そう思っている内に、ステュアートお兄様はすたすたと歩いて行った。

 とにもかくにも、ステュアートお兄様のおかげで目的地には到着できそうなのだった。

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