第15話 信じるべきもの(オフィーリア視点)

 


 ずっと、ずっと、ユーグリット様のことだけを見てきた。


 一目惚れをしてから、彼への愛が深まっていくばかりで。でも奥手で恋愛に関する知識もなかった私は、どうすればいいかわからなかった。そこで親友で侯爵令嬢のキャロラインに相談したのだ。好きな人ができたと。


 今思えば、私の選択はここで大きく間違っていたのだと言える。


「好きな人ができた? しかもそれがユーグリット・ルイス侯爵子息なのね⁉」

「そ、そうなの。私、どうしたらいいかわからなくて」

「そんなのまずは婚約を申し込まないとよ!」

「こ、婚約? それはあまりにも早急じゃ」

「そんなことないわ。オフィーリア、貴女も十七歳よ。公爵家とはいえ令嬢なのだからいずれは誰かと結婚するのだから」


 キャロラインは濁ることなく、はっきりとものを言ってくれる子だった。

 だからこそ私はどんどんと、キャロラインを頼りにしてしまった。彼女なら正しいことを教えてくれると。


「それは……そうね」

「だから公爵様に直談判しにいかないと」

「お、お父様に?」

「そうよ。何としてでも婚約してくださいって」

「でもそれって……」

「大丈夫よ。貴族は皆、結局政略結婚なのだから」

「確かにそうね」


 そう言われたあの時は、酷く納得して上機嫌で父に婚約をお願いした記憶がある。

 お父様は娘である私に凄く甘いため、このお願いはすぐに叶えてもらえた。


 それからというもの、ユーグリット様とは結婚まで行くことができたが、それだけだった。


 私はユーグリット様に愛されたいと思ってしまった。そんな資格ないのに。彼の意思も聞かず、無理やり婚約を決めてしまったのに、分不相応にも彼の思いを、関心を欲しがった。

 

 上手くいくはずもなく、その結果私はキャロラインを頼りに相談を続けたのだ。


 彼女は親身になって聞いてくれて、その上解決法を提案してくれた。


「とにかく気持ちを伝えなきゃだめよ。忘れられてしまう前に、何度もお会いすべきだわ。それは無理やりでもよ」


「オフィーリア。貴女は妻なんだから。ユーグリット様にいつでもお会いする権利があるわ。それを使わないと!」


「誕生日なんて、たくさん贈った方が愛が伝わるに決まっているわ。量は重要よ」


「関心を持ってもらえないからこそ、押していかないと! 視界に入ることが大切じゃないかしら」


「押して駄目なら、一度引いてみましょうか。でも引いてばかりじゃ忘れられてしまうわ。会わない代わりに毎日手紙を書いたらどうかしら?」


 当時の私は、それが正しいと信じて疑わなかった。


 でも今なら。 

 イヴェットという最高で最愛の娘に導かれた今なら。

 

 はっきりとわかる。キャロラインは親友ではなかったのだと。


 イヴちゃんもまた、キャロラインと同様私に解決法を提示してくれた。

 これもまた普通とは違うのかもしれないが、キャロラインの案とは天と地の差があった。


 それは、私のことを真剣に考えてくれるかどうか。私の意思を見ているかどうか。


 ケーキを持って急いで厨房を飛び出したあの後。イヴちゃんとシュアちゃんの会話を偶然にも耳にしてしまった。

 恐らく重要なことは全部聞いたと思う。我が子ながら聡明で筋の通った考えに、嫌でも自分の考えが甘かったことに気付かされた。


(やっぱり……キャロラインが教えていたことはだったんだわ。それを何年も信じて……私は救いようのないほど愚かね)


 私は確かに、イヴちゃんの言う通り確たる“自分”というものを持っている人間ではなかった。

 かなりの心配性で、よく周りを頼っていた。その上、家族は私のことをかなり大切に育てた。結果的に“世間知らず”になってしまったのだ。


(お裁縫ができても、淑女教育が優秀でも………私には人を見極める力がなかった。その上常識さえも)


 恋愛に関しては無知同然で、だからこそ他の人の意見を求めて、求めて、求め続けたのだろう。


(……自分でもっと考えていれば。違う未来があったのかしら……もう、今更何もかも手遅れね)


 そう自嘲して深く気分が落ちれば、一気に引き上げられる言葉が聞こえた。


「……過去の行いを消すことはできないわ。それでも、未来を変えることはできる。私はそのお手伝いがしたいの」


 娘の、イヴェットの、眩しいくらいの声に気が付けば目を閉じていた。


(未来は……変えられる。………イヴちゃん)


 胸が震えて涙が目にいっぱい溜まるのと同時に、顔までさらに赤くなっていく。ただでさえユーグリット様とお会いして真っ赤になった後だというのに。

 

 抑えようと、落ち着こうとしたその瞬間、イヴちゃんは追い打ちをかけてきた。


「お母様の笑顔が見たいと思ってしまうのよ」


 こんなにも自分のことを考えてくれて、助けてくれて。


 あぁ、何て愛しい娘だろう。

 

 そう思った瞬間、一筋だけ涙が頬をつたうのだった。


(……私は、もっと変わらないと)


 そう決意して、今日のお茶会へと足を運んだ。キャロラインと縁を切るという、一つの大きな目的を持って。

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