第0話 転生先は破滅確定でした


 イヴェット・ルイス。


 私が前世の記憶を思い出したのは、義弟であるジョシュア・ルイスをこの目で見た瞬間だった。彼がやって来たのは私が八歳になって間もない頃だった。七歳のジョシュアは、この世の物とは思えないほど可愛かった。


(このくりくりとした可愛い瞳、艶やかな青色の髪、何よりも天使のビジュアル……! 間違いない!! 私が前世でやり込んだ乙女ゲーム『宝石に誓いを~君のためのラブストーリー~』の攻略対象、ジョシュア様だわ!!)


 雷に打たれたかのように前世を思い出すと、父が彼を“ジョシュア”と呼んだことで、この世界が乙女ゲームであることが確定した。


 一見、こんな天使の姉に生まれ変わることができれば、神へ土下座して感謝をし続ける案件だと思う。だがしかし、現実はそんな甘くない。


 そもそもジョシュアがルイス家に来た理由は跡継ぎでもあるが、瞳の色が左右非対称であったため、元の家族から気味悪がられたこともあった。


 それが父の弟である叔父の家なのだが、彼曰く、ジョシュアは不幸を招く劣悪な存在なんだとか。


(こんな天使になんてことを……!)


 そう怒りを覚える訳だが、残念なことに本当に不幸はやってくる。そう。悲しいことに、私はシナリオ通りに進めば命を落とすのだ。


「私、死ぬじゃないーー!!」

 

 実は『宝石に誓いを~君のためのラブストーリー~』に出てくるジョシュア様の家族は死んだことになっているのだ。彼の言う家族は二つあるのだが、養子になった以上家族に当てはまるのは当然私達ルイス家なのだ。


 ジョシュアの家族に関しては彼を攻略するうちに明かされる仕組みだった。

 私含むルイス家の人間が死亡したのは家が火事になって燃えてしまったから。この火事は、ジョシュアの不幸体質が招いた出来事だと本人は思っていたが、実は家に火をつけたのは母であるオフィーリア・ルイスだったというシナリオ。


「お母様をどうにか止めないと、私に未来はないわ!!」


 こうして私は生き延びるために作戦を練ることにしたのだった。




 それから一年が経った頃、私は迫り来る寿命に本格的に危機を覚えて、母を止めるのにどうすべきか作戦を練っていた。


 ここ一年はというと、母に加えて父に関しても観察し情報を集めていたのだった。


「普通に止められるなら苦労しないのよね……」

「そうだね、お母様はとにかくお父様命だから」

「……!」

 

 ばっと振り向けば、そこには可愛らしい微笑みを浮かべる天使ジョシュアがいた。


「ジョシュア!」

「また面白いこと考えてるの? 姉様」

「どちらかというと真剣な話ね……」


 ジョシュアがルイス家に来てから一年が経った訳だが、この一年間で私はとにかくジョシュアを必要以上に構って可愛がった。それはもうしつこいくらいに。


 ……決して自分のバットエンド回避から目を背けたわけではない。


 その結果心を開いてくれて、今では普通に姉弟として過ごせている。私と一歳しか変わらない上に元々賢いジョシュアは、ルイス家の内情をすっかり把握しきっていた。

 

椅子を持ってきて隣に座るジョシュアだが、私のノートは白紙のままだった。


「うぅ……どうすべきかしら」

「珍しいね。俺には後先構わずに接していたのに」

「それは……ほら、子どもだから」

「ふーん」


 まさか前世でやり込んだキャラクターを前に興奮が止まらなかったとは言えず。何とか濁してみた。


「……まぁ俺は姉様ほどお母様のことわからないけど」

「?」

「姉様らしくぶつかってみればいいんじゃないかな。俺にしてくれたみたいに」

(いやジョシュア。貴方にしたのはもはや一種のーーーー)


 その瞬間、きらりと何かがひらめいた。


「何か思い付いた?」

「うん……けど、あまりにも馬鹿げてる」

「大丈夫。今までもそうだったから」

「ひ、酷い……!」

「でもお母様相手ならその方がいいんじゃないかな。ほら、目には目をって言うじゃない」

「おかしい人にはおかしい案を……って、こら! お母様になんてことを」

「そこまで言ってないけど」


 綺麗な自爆である。


「……さっ。作戦を考えないとね」


 それを笑顔で誤魔化しながら、私は思い浮かんだ名案を早速書き起こしていくのであった。


 そしてそれはまず、母と父の十回目の結婚記念日の日に行われるのであった


 私の両親、オフィーリアとユーグリットは政略結婚だった。貴族であればよくある結婚の仕方ではあるものの、オフィーリアの愛はとにかく異常だった。


 そんな人には近付かないのが吉かもしれないが、意外にも母は私を愛情を込めて育ててくれた。その愛は異常ではなく、至って普通のものだった。イヴちゃん、と可愛がってくれるのが証拠の一つだ。


 父には異常な愛を見せるが、私には至って普通の母。それ故に、母は私の話をよく聞いてくれる。今回の作戦は、その面を利用した大きな賭けだった。


 そしてその作戦はまず、母と父の十回目の結婚記念日の日に行われるのであった。

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