異世界(んなわけない)

「ぶわーっはっはっはっはっ! ひー、ひー、くふっ、はっ。あはははははは」

 ノボルが落ち着いて事情を話すと、それを聞いた緑髪の少女はこのザマである。げらげらと大きな声を上げて、両手両足をバタバタさせながら、服が汚れるのもお構いなしに笑い転げていた。

「あのー、そんなに俺の話が面白かったか?」

「だーってさ。ヤバイでしょ。あーしをマジ異世界人だと思ったの!? それ何てラノベ? ぶはっ。だ、だめっ。思い出したら――あははははははははっ」

 どうやら異世界にはワライタケか何か、危険な毒キノコでもあるらしい。この少女はそれを口にしてしまったのだろう。

「――それで、あんたは一体なんでそんな格好してんだ?」

 ノボルがようやく本題を切り出すと、彼女はひたすら笑った後に、少し呼吸を整えた。

「ひとまず、ちょっと笑いすぎて疲れたから、水飲んできていい?」

「いいけど、飲める水なんかあるのか?」

「あーしのテントにあるよ。アンタたちも飲むでしょ。ついてきていいよ」

 彼女が指さす方向に、たしかにテントが見える。

「じゃ、行こっか」




 テントの前にあるローチェアに座った彼女は、ノボルたちにも座るよう促した。とはいえ全員分の椅子があるわけではない。ノボルたちはアルミシートの上に腰を下ろす。

「あーし、いわゆるコスプレイヤーってやつでね。こういう写真撮って、SNSとかに上げるのが趣味なわけ」

 と、タブレットPCを使って、何枚かの写真を見せてくれる。今日の昼から夕方にかけて撮影された写真だ。

 森の中で杖を構えたり、湖に素足をつけて涼んだり、夕日をバックに浜辺を歩いたり……と、まるで本当に異世界で撮影されたかのようである。

「すげーな」

「でしょー。あーし結構人気あるんだよ。よかったらフォローしてね」

 と、大きく足を組んで見せる。丈の短いスカートでそれをするものだから、

「おいおい。見えるぞ」

「んー? 別にいいよ」

「いいのかよ。仮にも女なんだから、もうちょっと恥じらいとか、その……」

 説教でもしてやろうと思ったノボルだったが、どうも調子が狂う。

 価値観なんか人それぞれだ。そう考えると自分の中の正義を押し付ける行為も、急にバカらしくなる。

「……つか、さ。その『仮にも女』って、あーしに言ってる?」

 彼女はそんな質問をしながら、のどを潤すために水を飲んだ。キャンプ用のステンレスマグカップが、彼女の薄い唇へと運ばれる。

「ああ、すまん。仮にもって言い方は失礼だったよな。アンタは正真正銘の女だ」


 ぶーっ!!


 彼女が口に含んでいた水が、一気に噴出される。

「あはっ、あっはっ。げほっ。ごほっ。がっははははっはっはっは。まーじーうーけー……切れない。受けきれるかそんなん! あっはははははは!」

 何がそんなに面白いのか、呼吸困難になるほどの爆笑を一通り見せた彼女は、椅子から転げ落ちた後もう一度座り直し、

 あっけらかんと言い放つ。

「あーし男だよ?」

「え?」

「だーかーらー。女装コスしてるけど、本体は男だって」

 その言葉の間に、彼女の声が急激に変化する。萌え声やらアニメ声やらに分類される女性の声から、あからさまに男性だと分かる声に……

 ノボルは驚き、そして隣を見た。ソーハも同じように目を丸くしてこちらを見てくれるだろう。という期待があったのだが、

「え? ノボルさん、気づかなかったんですか?」

 残念なことに、ソーハは気づいていたらしい。つまり気づかなかったのはノボルだけだ。


「じゃーあー、改めて自己紹介ね。あーしはコスプレイヤーのキタロー。どんな衣装でも着たろー、ってね。よろしくー」

 男にしては小柄なキタローは、けらけらと笑いながら、自分のSNSアカウントを教えてくれる。それなりに人気のコスプレイヤーというのは本当らしい。

「ノボルだ」

「ソーハです」

「はいよ。ソーハって珍しー名前だね。ノボルはフツー」

 ブーツを脱ぎ、細い脚をぱたぱたさせるキタロー。その肌はとても白く、まるで陶器のようにきめ細かい……と思ったら、よく見るとベージュのタイツを穿いている。つま先まで見て初めて分かった。

「あー、その……あれだ。キタロー君、でいいか?――お前、まだ撮影続けるのか? もう暗いけど」

 ノボルが切り出すと、キタローはまたケラケラと笑った。本当によく笑う娘(?)だ。

「いやー、夜にしか撮影できない写真もあるけどさ。今日はもうおしまい」

「じゃあ何でコスプレ衣装のままなんだよ」

「あーしの趣味だよ」

「え?」


「まーねー。分かってもらえないかもしれないけどさ。せっかくコスプレしたんだし、そのままの格好で一晩過ごすのもいいじゃん。こっちは写真に収められない、あーしだけの思い出。そういうのも含めて、キャンプが好きなんだよ」

「あー」

 キタローの言うことは、ノボルにもソーハにも何となく理解できる。ノボルだって一人で静かに山に登り、それを誰かに自慢するでもなく、その時間を楽しむものだった。ソーハにとってのロードバイクや散歩も同じだ。

「ただ写真を撮るだけなら、キャンプまでする必要ないからねー。あーしはもともとキャンプも好きで、好きなことと好きなことを一緒にしてるだけ。……まあ、恥ずかしいから人の少ない場所選んだんだけど、あんたらの登場は想定外」

「そりゃ、邪魔したな」

「べっつにー、いいけどさ」

 そう答えたキタローの顔は、どこか晴れやかだった。

 お互い、どこかでシンパシーだかシナジーだか感じていたのだろう。二人がキタローを理解できたように、何となくキタローも、二人を他人だと思えなくなっていた。

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