ノボルのソーハ

古城ろっく@感想大感謝祭!!

プロローグ

いい人だけど変な人たち

 某日、山中にて……

 一組の男女が、険しい山道を歩いていた。時として手を貸し合いながら、大きな段差や木の根を越えて行く。

 ふと、前を歩いていた少女が立ち止まった。

「あ、あのー、ノボルさん」

「ん、どうした?」

 ノボルと呼ばれた大柄な青年も、一緒に立ち止まる。

「えっと、つじげん先生と、キタローさん。集合時間は何時ごろって言ってましたっけ?」

「10時だろ」

「今、何時ですか?」

 少女は時計を持っていない。なのでノボルが、自分の腕時計に目を落とす。

「やべっ。もう9時半だ」

「ここから30分で、山頂まで行けますか?」

「無理だな。せめて少しでもペースを上げるぞ。ソーハさん」

「は、はい」

 ソーハと言うらしい少女は、残りの山道を軽快に歩いていく。ぴっちぴちのスパッツとジャージは、彼女の細くて凹凸の少ない体型を浮き彫りにしていた。むき出しの腕や脚はとても寒そうだ。

 それを追いかけるノボルは、そこそこ大きなザックを背負い、重装備で登っていく。登山用ブーツとストックは、地面をしっかりと捉えて、確実に推進力を与えてくれる。

「ソーハさん。あんまり急ぎすぎても転ぶぞ。無茶はするな」

「はい。でも……ひゃん!?」

 言わんことではない。

 石の上に飛び乗ったソーハは、その勢いのまま足を滑らせてしまう。足は前に投げ出され、身体は後ろに落ちる。後頭部から打つような姿勢だ。

「危ない!」

 もちろん、ノボルは後ろから駆け寄り、ソーハを優しく支えた。彼女の身体は、見た目通り軽くて、細くて――思ったよりも温かい。

「だから、気を付けろって……」

「す、すみません。ノボルさん」

 にへらっと気の抜けるような笑い方をする彼女。


(やれやれ)

 ノボルもそれなりに長く彼女と付き合ってきたので、もううんざりするほど理解させられている。彼女は反省などしないし、危機感も持ってない。いい意味で言えば大物で勇敢。悪く言うなら向こう見ずで浅慮なのだ。

 ただ……

「行きましょう」

 彼女の笑顔は、見ているだけで元気になってくる。






 ――同時刻、山頂。


「てか、さ。遅ぇよあいつら」

 一見すると10歳くらいの少年が、ぼそっと愚痴をこぼした。

「今日は山頂からの景色を見て、それから山の中でキャンプしたいなんて言うから、山頂を待ち合わせ場所にしたってのにさぁ……あいつら、どこかで事故ってないだろうな?」

「気にし過ぎだと思うよー」

 その隣にいた、おおよそ山登りには向かなそうな格好の女子が答える。

「つーか、そこまでソーハたちが心配なら、つじげん先生も登山道を歩いてくればよかったんじゃね?」

「いや、オレはもういいよ。バスとロープウェイを乗り継いでくればいいんだ。自力で歩かなくても景色は一緒だろ」

「まあ、あーしもそこは否定しないけどねー」

 つじげん先生と呼ばれた少年は、よっこいせとベンチに腰掛けた。

「いや、キタローは歩いても良かったんじゃないか? まだ若いんだし、男だろ」

「えー? 先生、それって男女差別ってやつー? 今時古いし、それにあーしは女の子だよ。ほら、ミニスカート」

「その下はちゃんとついてんだろ。どこの学校通ってんのか知らないけど、学校でもそんな恰好してないだろうな」

「してないってば」

 と、キタローと呼ばれたギャル(?)が答える。

「つーかー、35歳にもなって童顔チビの先生に言われたくないんだけどー」

「オレは自分の意思でこんな見た目してねーよ!?」

 一見すると10歳の少年にしか見えない……しかし35歳の立派な大人である、つじげん先生。

 そしてギャルにしか見えないが、実は女装コスプレイヤーのキタロー。


「つーか、あれだ。ノボルとソーハのやつ、山の中でヤッてたりしてな」

「やってるって、何よ?」

「そりゃ、ナニじゃねーか?」

「だったらウケるわ。あーし笑い死ぬって」


 実を言えば、彼らが噂しているソーハという人物も、本当は女ではない。というか、キタローは自分で女装しているが、ソーハは女装しているつもりもなく、自分を女だと言った覚えもない。


「ノボルのやつ、いつまで間違ってんだろうね」

「ソーハも、自分の性別間違われていることに気付かないもんかねー」

「そもそもどんな出会い方したらこんな面白いことになるんだよ」

「あーしもそれは気になるわー」




 つじげん先生もキタローも、二人の出会いを知らない。

 なので、僭越ながら読者にだけ、その出会いを語ろうと思う。

 あれは、半年ほど前。温かくなり始めた、春の事だった。

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