異世界に転生


 

「さて、ここまでの話は理解できたかな? ゴトウヨシヒト君♪」

「ああ、俺の復讐をリリスが手伝ってくれるなら、俺もリリスを手伝う。この世界最悪の極悪人になって、リリスをこの世界最悪の悪魔にしてやるよ」

 

 おおー! とリリスが目を輝かせる。

 

 近くの巨大な木々の一本に寄りかかった俺は、カッコつけてニヤッと笑ってみせた。

 真面目なだけの良い人とか言われていた以前の俺なら、まず間違いなく驚かれる言動だろう。

 

 でも、もうそんなのどうでもいい。

 真面目が唯一の取り柄だとか、一日十善だなんて価値観はこれからの俺には邪魔なだけだ。

 

 俺は俺の為に、俺を裏切った奴らに地獄なんて言葉が生ぬるく感じるぐらいの復讐をしてやるだけだ。

 そしてその為にも、まずはリリスに確認しておかないといけない事がいくつかある。

 

「リリス。俺と一緒に転生させたって言ってた俺の復讐相手達の場所とかって、今リリスは分かるか?」

「んーん。わかんにゃい」

 

 思わずズッコケそうになるが、ここは落ち着いて木に背中を預ける。

 きっと、転生はさせてもそこまで詳しくは把握しきれないとか、多分そんなだろう。

 なんせ、よくある神様とかに特典やらチートスキルやらをもらって転生って訳じゃないんだ。

 悪魔のリリスにそこまで求めるのは、色々酷だろう。

 まあ、そもそも異世界に転生なんて、世界本来の流れに逆らっている様な状態なんだ。

 多少の不具合やイレギュラーは仕方ない……と思う事にする。

 

「なら、そいつらの今の見た目とかならどうだ? 前世と一緒かどうかとか、赤ん坊の状態だとか、大人の姿だとか」

「んーん。わかんにゃい」

 

 またもズッコケそうになるが、今度もなんとかその場に留まる。

 ここで取り乱していたら、奴らに復讐なんて夢のまた夢だ。もう一度、木にゆっくり寄りかかって、深く息を吸って吐く。

 ゆっくり、落ち着け。深呼吸……深呼吸……クールになれ……。

 

「じゃ、あ……俺を裏切った奴らも一緒に、復讐の為の契約に基づいてリリスがこの世界に転生させてくれたんだろ? そいつらが何人いたとかなら……分かるよな?」

 

 分かっている復讐対象は、元妻の栄子と、同級生間男の純一だけ。

 だが、自宅で栄子が話していた乱れた内容からすると、該当者はもっといる筈だ。

 人数さえ分かれば、あとは俺の狭い交友関係者から地道に絞り込みを掛けていけば良い。

 

 さあリリス! 転生させた人数は?! 

 

「うーん………………………………わかんにゃい!」

「何も分かんねぇじゃねえか! このポンコツ悪魔!」

 

 ズッコケる暇もなく、感情のままに思いっきりリリスを怒鳴り付ける。

 いや、だって! 復讐相手の場所も、容姿も、人数も分からん状態だぞ! これでどうしろって言うんだよ! 怒鳴らずにいられるか!? 

 悪魔の契約的に、これは許される事なのか?! 

 

 我慢出来ずにズンズンとリリスに近づいて、肩でも掴んで揺らしてやろうとしたがそれは叶わず、代わりに豊かな胸元にポフッと顔が埋まる形となる。

 

「ふぁ?」

 

 驚きで、思わず声が出てしまう。

 女性の胸に顔が埋まっている事に、では断じてない。

 リリスの肩に手が届かなかった事実に、だ。

 

 俺の身長は180㎝以上はあった筈だ。

 比べてリリスは見た目の感じ的に長身と言う訳じゃないから、俺が近寄って肩に手が届かないのはおかしい。

 どう言う事だと少しパニックになっていたが、異世界にきてから自分の身体のサイズや色がおかしくなっていた事を思い出した。

 

「ヨシヒト君どうかな? それが君の新しい身体だよ♪」

 

 俺を胸に抱きしめたまま頭を撫でてくるリリスの顔は、イタズラが成功した様な、なんともムカつく顔をしていた。

 

 

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 リリス曰く、この世界の種族には色々なのがいるらしいが「魔人種」と言う種族として、俺は転生したらしい。

 この魔人種と言うのがこの世界では結構特殊な立ち位置の知性種族らしく、高濃度のマナの溜まり場的なスポットから発生すると言う、魔物なんかと同じ生まれ方なんだそうだ。(成長したら、普通に個体同士での繁殖も可能らしい)

 

 超巨大樹の森の中で悪魔やらマナやら魔物やらと聞かされていると、異世界でファンタジーっぽくなってきたなーなんて考えながら、それに関わるリリスの解説に引き続き耳を傾ける。

 

 なんでも、リリスは転生させた俺の魂だけをすぐさま確保して、この世界有数のマナが溜まる秘境スポット「キュリティシャスの大森林」に持ちこんだらしい。

 そして、俺が魔人種として無事に生まれられる様に、マナ溜まりのスポットでずっと自身のマナを使った調整などを行い、転生のサポートしていてくれたようだ。

 

「やっぱり、世界最悪の悪魔を目指すボクのけーやく相手なら、まずはちょー強くなってもらわないとって思って……それ以外の事は、丸ごとすっぽ抜けちゃってたんだよねー♪」

「いや、そう言う事情なら……俺としてはむしろ礼を言わないとな。ありがとう、リリス」

 

 話を聞いてからジャンプ・腕立て・逆立ち・バク転・木登りと色々試してみたが生まれたての今の方が、人間だった頃より遥かに肉体のスペックが高くなっていた。

 なるほど。この身体はこれからの復讐に大いに役立ってくれそうだ。紫の模様が入った色黒の肌も、中々どうして悪くない。

 身体が軽くなってか心なしか気分も軽くなったが、リリスの方を見るとさっきより羽も尻尾もヘニャリとしていて、なんだか元気がなさそうだ。

 

「リリスどうした? やっぱり、俺をサポートしてくれていた影響で疲れが出たか?」

「それもあるけど……ボク、ヨシヒトのけーやくに関わる事ほったらかしにしちゃったから……。悪魔はけーやくを守るし、大事にするんだ。それなのにボクは………………」

 

 うーん、なるほど。確かに元の世界でも、悪魔とか悪魔モチーフのキャラクターはそんな感じのスタンスや主義の奴がそれなりにいたイメージがある。

 リリスは俺の契約に関わる事を蔑ろにしてしまったと思いこんで、それで落ち込んでるのか……。

 

 ……ん? あ、いかん。これはいかんぞ。

 リリスの表情がどんどん死んでいくのと一緒に「落ちこぼれ」だの「半人前」だのネガティブな呟きがちょいちょい聞こえてくる……! 

 普段はテンション高めな癖に、しっかり闇を抱えているのか! 悪魔なだけに! 

 

 

 現在進行形で闇度が上がっているリリスを何とか落ち着かせようと、元真面目が取り柄人間の貧弱なボキャブラリーから気の利いた言葉を捻り出そうとした。

 裏切った奴らに復讐する為にも悪人に堕ちる契約はしたが、落ち込んでる目の前の恩人……恩悪魔? を放っておけるほど、俺は落ちぶれていない! ……はず! 

 

 

 しかし、口から出たのは別の言葉だった。

 

 

「おいリリス! いきなりだけど、この秘境の特徴を大至急教えてくれないか?!」

「ひゃい……?! う、うん! この『キュリティシャスの大森林』の特徴はね、おっきなマナ溜まりとマナが集まりやすい地質の影響で、生き物とか植物がおっきく強く育ちやすい事かな? 特にサウルス種って言うかなり巨大で強力な魔物がいっぱい生息してて………………」

 

 それ以上は必要なかった。

 

 ズシンズシンと、こちらに向かって近づいてくる大きな音。

 明らかに俺が知るより巨大で力強い振動が周りに響き渡り、木や俺達を揺らしてくる。

 

 ゆっくりと、気のせいであってくれと思いながら音のする方向に目を向けた。

 

 目に映ったのは俺達の何十倍のものデカさで、恐竜を何倍もゴツくした化け物だった。

 そんな化け物はコチラを見て唸り声を出すと、鋭い牙の生えた大口を俺達に向けて涎をダラダラに垂らしながら突っ込んできた。

 

 

 ああ、復讐の神様。もしも何処ぞに座すなら、悪魔と契約した私ですがどうか祈らせて下さい。

 どうやら復讐の為に悪人になる前に、俺は死人になりそうです。

 

 

 

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