善人が歩む悪逆無道 〜悪魔と交わす契約のキスは復讐の味〜

なんちゃってアルゴン

キスから始まる復讐契約


 「ねぇ、おにーさん。死ぬ前にボクとちゅーしようよぉ♪」


 場違いな女の声が耳に届く。

 目の前の俺の事なんて気にも留めない声で、靴が血を踏んでピチャピチャ鳴るのもお構いなしで、真っ直ぐ俺に向かってくるのが霞む目に映った。


 そう。近寄ってくる女の言う通り、多分俺はもうすぐ死ぬ。

 身体から熱が抜けていく様に寒くて、全身がとにかくめちゃくちゃ痛む。

 

 横断歩道のない道路に自分から飛び出して轢かれたんだ。まあ……自業自得ってやつだろう。


 「ふーん……いいのぉ?おにーさんはそれでぇ」


 良いも何も、いきなり飛び出した俺が悪いんだ。

 ただ真面目にしか生きてこれなかった様な奴だ。俺がいなくなったところで、誰も困らないさ。

 あ、ドラレコとかちゃんと撮れてたかな?せめて、できるだけ運転手さんへの不利益が少なくなってくれると良いんだけどな……。


「いやあ、そっちじゃなくてさぁ。裏切られたまま死んじゃって良いのって意味なんだけどぉ?」


 裏切り?俺が?…………誰に?


 いや……そうだ。俺は裏切られて……騙されてて!!


 い、いやだ!このまま死ぬなんて絶対嫌だ!

 このまま死ねない!死んでやるもんか!!


 真面目なだけが取り柄の俺なんかと幸せになろうと言ってくれたくせに、裏切って!馬鹿にして!笑い者にして!

 絶対に許さない。許してやるもんか!復讐してやる!!


 

 その為なら、なんだってやってやる!!!


「おっけー!じゃあ、けーやく成立ねー♪」


 

 唇に何かが当たる柔らかい感覚を最後に、目の前は真っ暗になった。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 寄付・募金・献血・ボランティアetc……

 一日十善をモットーに生きてきた真面目なだけが唯一の取り柄みたいな奴。それがこの俺、後藤善人と言う男の人生だった。

 でも、そんな俺でも高校の同級生と結ばれて、結婚できて幸せになれたんだ。

 そしてその日は、結婚三年目になる妻の栄子との記念日を祝う為にプレゼントや花束の準備を進めていたんだ。


 

 

 本当に幸せだったんだ。あの瞬間までは。



 

 記念日の準備の帰り道で、栄子と高校時代の友人である純一が車の窓から身を乗り出してする濃厚なキスを目撃してしまうまでは……。


 帰宅後、見なかった振りなんて器用な事もできずに栄子を問いただした。

 

 彼女を責めたかった訳じゃない。

 ただ一言だけでも謝罪の言葉が有れば、俺は許すつもりだった。

 誰にだって魔が差したり、そんな時はあるだろうと。

 

 でも、栄子からの謝罪の言葉は一言もなかった。

 

 それどころか、俺と結婚してもつまらなかった。

 純一と一緒にいる時の方が、自分は満足している。


 もう、栄子の心に俺はいなかった。

 

 話を聞いていると、どうやら俺と結婚した事も含めて真面目人間の俺を笑い者にする為の栄子達の計画だった事がわかった。

 なんでも、俺を含め栄子とも仲の良かった高校時代の友人達が面白半分にたてた計画に乗っかって過ごしていたと言う。

 饒舌になった栄子は、俺と夫婦として過ごしながら友人達とも面白おかしく関係を持っていた事まで喋り出した。



 


 もう、限界だった。



 

 

 信じてきた妻や友人達に裏切られた事を知ったショックで頭が真っ白になった俺は、とにかく残った気力で家を飛び出した。

 

 その場に、栄子の前に一秒でも居たくなかった。

 そして、運悪く交通事故に遭ってしまったと言う訳だ。



 ん?ならもうポックリ逝ってないとおかしくないか……?

 なんでまだ意識がある?

 事故って、絶望しながら死んで……………………



「死ぬ前に、ボクとけーやくしたのさ♪」

「うわぁ!」


 突然の声に思わず尻もちをつく。


 見上げると、見た目は女性だけど明らかに人間じゃあり得ない容姿。

 特に印象的なのはコウモリみたいな羽と、細い尻尾。

 そして、頭に二本ある角。


「改めまして、ボクはリリス!君とけーやくした、しがない悪魔の端くれさ!」


 悪魔・契約……色々と気になるワードはあるけど、まずは同じく自己紹介するところからかな?

 

「あ、君の事はさっき魂を見せてもらったから大丈夫だよ〜♪」

「際ですか……。じゃあ、この状況を説明してもらって良いかな?」


 もっちろん!と元気いっぱいなリリス。

 一方の俺は、明らかに変わっている自分の手足の色や背丈のサイズなんかを全力で見ない様にしながら話を促していく。


 リリスの話をまとめるとこうだ。

 ・まず、俺は死ぬ寸前にリリスと契約を交わした。(意識を失う前の唇への感触は、つまりそう言う事らしい)

 ・内容は「お互いがお互いの目的の為に協力する事」

 ・俺の場合は「裏切った元妻&元友人達への復讐」リリスの場合は「悪魔としての成長」

 ・その為に都合が良いから、俺や元妻&元友人達の魂をリリスの出身世界(俺視点だと異世界)に転生させた……らしい。


 なんでも、悪魔として力を付ける為には人間を堕落させるのがコスパが良いらしい。

 それも、俺みたいな悪事に手を染めていない人間を堕とす事で、悪魔として箔も付くそうだ。

 そんな人間を世界を超えて物色していたら、俺みたいな奴がお誂え向けに死に掛けていたって事の様だ。

 

 まあ、良いだろう。もう契約はしてしまっているんだ。

 それに、俺を蔑ろにした奴らがこの世界にいるんだ。

 なら、やるべき事は一つ……復讐だ。


 リリスが俺を悪人に堕とすって言うなら、どん底まで堕ちてやろうじゃないか。

 裏切り者共に容赦は必要ない。

 

 恐ろしく、悍ましく、惨たらしく、凄惨な復讐を見せつけてやる。

 

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