第5話 伝えたい本当の気持ち
本当の気持ち。この気持ちの正体は前から気づいていたんだと思う。だけど、それを言葉にしてしまったら今の関係が壊れてしまうんじゃないか、そう考えていた。
だから、正直に伝えるのが怖い。今まで勝手にその気持ちに蓋をしていた。
今日はその蓋を開けて包み隠さず伝えるんだ。そう意気込んでここまで来たのに。
「あ、あそこで追いかけっこしてるときに京ちゃん転んで泣いてたよね」
「そうだっけ? あんま覚えてないな」
「そうだよー。懐かしいなー」
伝えることが出来ないまま時間だけが過ぎていく。
こうやって結以が思い出話をしては、俺が相槌を打つ。たまに俺から思い出話を切り出しては、結以が相槌を打ってさらに話を広げる。その繰り返しだった。
この何気ない時間も好きなんだけど、今は違うんだ。今日はこのために一緒にいるんじゃない。
だけど、なかなか話を切り出せない。やっぱりこのままの関係でいいんじゃないかと無意識に思っているのかもしれない。
本当にそれでいいのか?
結以が隣にいるというのに葛藤している。そわそわしているのが結以に伝わっていないといいんだけど。
「それでさ、京ちゃん」
「ん?」
「ここに連れてきた理由って、なんかあるよね」
やっぱり結以には敵わないな。俺のことなら何でもお見通しってことか。
いつも勘が鋭い。俺が困っているときに声をかけてくれて、俺が悩んでいるときに寄り添ってくれて。いつでもどこでも、どんなときも俺のことを見てくれている。
「……そうだね。理由は、あるよ」
「あ、やっぱり? 私は京ちゃんのことなら何でもお見通しなんだからね」
えっへんと言わんばかりにドヤ顔をしている。やっぱり、いつもの結以だ。見慣れた結以の姿だ。この時間を大切にしたい、もっと感じていたい。
――ああ。やっぱり俺は、結以のことが好きなんだな。
幼馴染としてではなく、友だちとしてでもなく。一人の女の子として、好きになっているんだ。
「ねえ、結以」
「ん、なに?」
「今更かもしれないけどさ。その、俺の気持ちだけは伝えておこうと思って」
今の関係が追われてしまうかもしれない。後戻りはできないかもしれない。けれど、もう後悔なんてしたくない。今ここで言わないと、一生言えない気がするから。
なんでだろう。今までの結以との記憶が回想シーンのように頭の中に流れる。小さいときからずっと一緒だな。あ、これは小学生のときの。懐かしいな。
中学校の修学旅行は男女別々の班にしなきゃいけない決まりだったけど隠れて一緒に行動したな。なんだかんだ、ずっと一緒にいるんだな。
今思い返せば、ずっと前からお互いに意識していたのかもしれない。気づかなかった、いや違う。気づきたくなかったんだ。日常が終わってしまうことを恐れて、自分をだましていた。
そんな自分とは、さよならだ。
「俺は、結以のことが一人の女の子として、好きだ」
言った、言ってしまった。もう、戻れない。
それなら、走り抜けるしかない。
「あの日から話さなくなって結以のことばっかり考えてた。この前まで当たり前だった結以の存在がなくなって、ずっと退屈してたんだ。俺にとって結以はいなきゃダメなんだって、そう考えたら胸が苦しくなってさ。だから今日、気持ちを伝えようと思って」
結以からは反応がない。そりゃ、一度振られたやつに告白されているんだ。呆気に取られて当然。
それでも俺は、これでいいんだ。答えが欲しかったわけじゃない。本当の気持ちを結以に伝えたかった、ただそれだけ。
「そっか。やっぱり京ちゃんもそうだったんだ」
「え。やっぱりって、どういうこと?」
「京ちゃんが私のこと振ったとき、目だけ右上向いてたよ。京ちゃんが嘘ついてるときの癖。まあ、それでも私はショックが勝っちゃって逃げたんだけど、あはは」
そう自虐しながら結以は笑った。
そうか、勘違いしていたのは俺のほうだったのか。始めから、逃げていたのは俺だったんだ。
やっぱり、結以には敵わないや。
「あ、やっと笑った」
「え?」
「あの日から京ちゃんの笑った顔見てなくてさ。今日久しぶりに見れて嬉しい」
「そ、そうか」
いつの間にか口元を緩ませていたらしい。
何だか照れくさいな。思わず結以から目を逸らしてしまうほどに恥ずかしくなっている。
「てか、見てないってどういうことよ。ずっと俺のこと見てたのか?」
ただの興味本位だった。俺も同じようなことをしていたから、気になっただけ。
「そうだよ。ずっと、京ちゃんのこと気にしてた。ていうか、京ちゃんだって私のことずっと見てたじゃん! 超気まずかったんだからね!」
「え、バレてたの!?」
「そりゃ最初から気づいてたよ。特に今日は恐怖を感じるレベルで」
「それは申し訳ない……」
あの時の曇った表情はそういうことだったのかと猛省。もうただのストーカーじゃん、俺。でも、結以も俺と同じだったんだな。なんだか、嬉しいや。
「……ふ。あはは!」
「な、なんだよ」
「やっぱ、私には京ちゃんがいないとダメみたい。だって楽しいもん」
「それはどうも……」
「……よし! それじゃ、帰ろっか!」
そう言うと結以は勢いよく立ち上がった。まるで、悩んでいたことを吹き飛ばすように。俺も同じように結以の隣に立ち上がった。
いつも隣にいてくれた結以は、またいつもと同じように笑っている。本当の気持ちを伝えたら壊れてしまう、終わってしまうと思い込んでいた自分が馬鹿馬鹿しく思うほどに美しい。
これからも、いつまでもこんな時間が続くといいな。
――――――――――――――――――――――
○後書き
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