「ゆいと、龍って居ると思うか?」

「え?」

 給食の時間。机をくっつけて、横には彼が、向かいには女子が座っていた。騒がしい、いつもの時間。

 ぼくは箸で挟んだ、丁寧に殺菌処理されたキャベツを口に入れる寸前だった。

 彼は、給食の時間になると、殆どの時間、教室にいなかった。いつもそうだった。彼は普段、昼時になるとぶらりと姿を消してしまい、誰もそのことを止めようとしない。

 そんな彼に急にそんなことを言われて、ぼくはというと、ただただ呆然としていた。

 ぼくの事を、彼は透き通るような翠色の瞳で、まっすぐに見ていた。彼の指は、袋に入ったままのコッペパンを、リズムを取るように小気味よく叩いている。

 彼が再び、口を開いた。

「……だからさ、龍だよ。龍が、この世界に居るかって、聞いてるんだ」

 ぼくは箸で摘んでいたキャベツを下ろしつつ、答える。

「真面目な話?」

 彼は頷く。

「真面目な話だ」

 ぼくはしばし考え込む。

「だったら……」

 ……彼が何故、いきなりそんな事を訊いてきたのか、皆目見当もつかなかったが、無下に扱う気にもなれず、そこでぼくは、改めて龍について真剣に考えた……というよりも、力強くぼくは想像した。

 ぼくの居るこの現実世界に、もしも龍がいるとしたら。

 少しの間を置き、言った。

「俺は、龍、いて欲しいな。多分、いると思うぜ」

 ぼくの一人称は、『俺』だった。理由は語りたくはないが、強いられるのであれば、それはぼくにとっては、世界に対峙する際のギリギリの防衛ラインのようなもの、というところだろう。それなしに、ぼくが平静を保てる気が今の自分にはしなかった。

 彼はぼくの返事を聞くと、「そうか」と言って、笑った。

 朗らかな笑みだった。

「……そうか……。なら良いんだ。……まあ、『ゆいと』はそうなんじゃないかと思っていたよ。……ゆいとなら、多分……。そう、言ってくれるだろうって」

 そう言うと、彼は、窓の外の景色を見るような奇妙な目をして、それから突然、立ち上がった。そしてそのまま、教室を出て行った。

 給食は配られたままの姿だった。

 ぼくは彼の背中を、ただ見ていた。

 向こう側で喋っていた女子が、彼について急に噂話をし始めた。謂く、彼はいつも給食の時間にいないだとか、実は生肉を食べているのだとか、彼の親は実はやばい人なんだとか、そういった与太話だ。

 その日は何故か、ぼくも給食を早めに片付ける気になり、自然と教室を出た。それから彼の後を追うわけではないが、校内を歩いた。止める人は誰もいなかった。

 校内を、彼の姿を探しがてらにぶらついていると、気がついたら、まるで人気のない校舎裏に来ていた。そこには一つだけ、水飲み場がある。

 何故か彼は、一人でそこにいた。

 Tシャツ姿になっていて、袖からは細い真っ白な腕が伸びている。

 両腕を掲げ、彼は何かを感じていた。

 蛇口は全て解放され、それらは全て天に向かっていた。水はシャワーのように、彼の頭へと降り注いでいた。

 彼は身動き一つせず、水の動きを受け止めていた。

 それを見ていると、瞬間、ぼくの中に、錯覚かと思うような何かが、鋭く走った。

 瞬きをして再び彼の事を見ると、彼が水を浴びる姿がーー一瞬、巨大な龍の姿のように見えたのだ。翠色の、美しい瞳と、桃色の鱗を帯びた、龍。

 彼が振り返り、ぼくの方を見た。彼を、蛇口から迸っている水が、線となって覆っている。

 彼が一瞬、ぼくの事を鋭く見据えてから、徐に蛇口に近づくと、捻って水を止めた。

 ぼくの方を見て、彼は言った。

「視た?」

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