第10話 値段がおかしくありませんか?
引きこもりだった私ですが、実家が実家だったものですから、魔法やそれに類する知識はそこそこあります。
たとえば
つまりはそう、普通の手段で
いきなり来て散々イオニス様の屋敷に破壊の限りを尽くした私です。謝って許してもらえるとは思いませんが、せめて誠意を見せなくては。
使命感に燃える私は、大して入っていない財布と万一のために換金できそうなもの——レースくらいしかありませんが——を鞄に詰め込み、こっそり街へ繰り出しました。
ごめんなさい、嘘を吐きました。こっそりではありません、オルトリンデに「気晴らしに街へ出かけます」と言って無理やり屋敷から出てきたのです。何も聞かなかったオルトリンデに感謝しつつ、初めての土地、初めてのおつかいにちょっと心躍りながら、私はイオニス様の治める領都グラナティスへ向かいます。
□□□□□□
都市グラナティスの、私が抱いた第一印象はこんな感じです。
「思ったよりずっと都会……!」
私が今まで住んでいたリトス王国王都よりもです。整然と格子状に整えられた街並み、複数頭立ての馬車が何台もすれ違える大通りの多さ、堅牢な赤みを帯びた石造りの建物がずらりと並び、人間も
街の端は地平線の向こうまで続き、入り口からではまったく窺うことができません。高い鐘楼にでも登らなくては見えないでしょう。上を見上げれば店々の看板が洗練されたデザインと文字を競っているかのごとく連なっているのです。
まるきり私は田舎者が都会にやってきた状態です。いえ、リトス王国も人間の国にしては都会だと思うのですが、ドラゴニアの発展度合いはそれをはるかに上回っています。さすがは
街並みを見ただけで圧倒されている私ですが、使命を忘れたりはしていません。イオニス様の薬を調達する、よし、気合を入れて行かなくては。
私は大通りに足を踏み出し、てくてく、てくてく、と歩いて——そういえば、と気付いたことがあります。
初めての土地ですので、土地勘などあろうはずがなく、薬局の場所が分かりません。案内図が大通りの交差点に設置されていますが、ドラゴニアの公用文字は古代文字なので半分も読めないのです。
(……馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけれど、私ってこんなに何も考えていなかったの?)
突きつけられた現実に、私は唖然とします。もう膝から崩れ落ちて、道端の隅っこでいじけていたい気持ちに駆られますが、何とか奮起します。イオニス様のため、謝るため、ならば恥も何もありません。ここは——道行く人に薬局の場所を聞けばいいのです。
正直、勇気がいりましたが、通りすがりに私とそう年の変わらなさそうな、唾広の帽子に小綺麗なブラウスと長いスカートの人間の女性を見つけ、思い切って声をかけてみました。
「あのう、このあたりに薬局はございますか?」
すると、女性は嫌な顔ひとつせず、親切に答えてくれました。
「人間用ですか? それなら」
「いえ、
「あら。となると……ここから一本奥の通りにある一番大きな薬局で処方してくれるはずですよ。その店だけ金色の看板なので、すぐに分かると思います」
「ありがとうございます。助かります」
「いえいえ、でも高いですよ。
そのときは、はあ、としか思いませんでしたが、言われてみれば道理です。
親切な女性のおかげで、私はそのあとすぐ薬局に辿り着くことができました。
私は古風な薬の材料棚が二階まで続く、年季の入った薬局に入り、
「い、一千枚? 銀貨ではなく、金貨で?」
驚く私を前に、
「そうですね、ドラゴニア金貨一千枚です。何せ、角の修復は大量の魔力が必要になりまして、光届かぬ地底湖に棲む千年ナマズの粘液や夜砂漠の堅城オオサソリの毒液を使うのです。しかし、角のヒビに調合した特製軟膏を塗れば数日で回復しますよ」
聞いたこともない材料名を並べられて、金貨一千枚という法外な値段を出されて、薄っぺらい財布しか持っていない私は、引きつった笑みが浮かぶばかりです。
「ま、また来ます」
すぐさま私は薬局を出て、金貨一千枚の調達のため、まずは手元のレースを買い取ってくれる店、そうですね、質屋を探しにまたしても走り出しました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます