第4話 父は申し訳なさそうです
私は部屋の扉を閉めて、立ち尽くす父に向き直ります。
私は怒っています。勝手に話を進められ、しかもそれが婚姻の話だったなど、信じられません。年頃の娘にとっては、恋愛や結婚という話題はデリケートかつ繊細な問題です。それが押し入られ、押し切られる形で強引にされてしまっては不快感しか残りません。
そしてもう一つ、
これはもう、悪意があろうとなかろうと、私の逆鱗を逆撫でするがごとき所業です。あの場で私がその気持ちを口に出さなかったのは、ひとえに自身の魔力が暴走する危険を案じたからです。怒りに任せて魔力を放出し、魔法という形になってその場にいる人々も『
そんなことは、父はすべて知っているはずです。
「お父様、どういうことですか? 私、確かに魔力は持っておりますけれども」
自然ときつくなった問いかけの口調に、父は申し訳なさを感じたのかどうか、いつもの威厳はすっかり姿を消して私を制止しました。
「待て、エルミーヌ。言いたいことは分かる」
「だったら」
——だったら、どうして。
——私を道具のように扱うのですか。私を触れてはならない危険なもののように。
——それがどれだけ私を傷つけてきたか、お父様ならご存じのはず。
胸中のそんな思いは、口には出ません。
父だって私の魔力を持て余しつつも、何とか制御させようと懸命に指導してくれたのです。それが無駄だったとしても、父は私を見捨てたりはしなかった。宮廷で私を嘲られようと、私をサフィール家に置き続けてくれました。家に引き籠ったのはあくまで私の意思であり、家族の絆は何ら変わらなかったのです。
その絆も信頼も、音を立てて崩れていきます。
私は、父の気持ちを理解できませんでした。父だって、苦しんでいたことを。
父は、珍しく語気を強めて、私に言い含めるようにこう言いました。
「これがお前にとって唯一のチャンスだ! お前のような人間離れした魔力持ちの娘を、リトス王国内で欲しがる家はないのだから! お前を人間として扱う嫁ぎ先は、人間の国にはないのだ!」
そう言い切った父は、肩を震わせて、怒り混じりの興奮を抑えるために両方の拳をきつく握っていました。
しん、と部屋が静まり返ります。私は、父の怒りが自分へと向いていないことくらい、分かっています。
父は娘のために、あくまで普通の女性としての人生を歩めるようにと手を尽くしてきたことでしょう。しかし、世間はそれを嘲笑った。人間としてすら扱わず腫れ物扱いか、もしハリウ・リシア魔導王国であれば魔法生物作成の実験体にでもされていたことでしょう。
そんな人間の国々、社会へ、サフィール家を代表する宮廷魔導師の父がどれほど抗ってきたか、私はその一端しか知りませんが、せいぜいが私を『
そして結局は、私を価値観の違う『人間以外の生き物』へ嫁がせるしかなかった、そういうことなのでしょう。つまりそれは、人間社会で必要とされず、私は
——そのくらい、頭では分かっています。それでも、ショックです。
私と父は、しばし言葉を途切れさせていましたが、やがて父が謝りました。
「すまん。だが、事実だ」
「……はい」
しゅんと落ち込んだのも束の間、父は少し冷静になって、状況を説明してくれました。
「実を言うとな、私が登城して国王陛下から打診を受けたときには、すでにイオニス閣下と話がついていた。事は外交の問題であり、一宮廷魔導師としてはその決定に異論を挟める立場にはない」
それはまた、宮仕えのつらいところです。国王陛下は悪気こそないものの、あの調子の方です。甘やかされて育った王侯貴族にありがちですが、自分と異なる他人の気持ちや事情を慮ることができないのです。
父にもどうしようもなかったのだ、と聞けば、私も少しは腹の虫が治まります。納得は行きませんが、こればかりはしょうがないのです。サフィール家は代々リトス王国国王の忠臣として名を馳せてきました、国家のため、家の存続のため、そこには決して私情を挟んではならないのです。
「それに、もし万一お前の魔力が暴走しても、
そう言ってから、父はため息を吐きました。本当はそんなことを娘に言いたくないのでしょう。
私もまた、人間と異なる生物
「でも……
ラッセルというのは、リトス王国のある貴族が養子に取った
そのラッセルは幼少期から人間と暮らしてきたため、
そう、さっき突然尋ねてきたときもそうです。イオニス様は角も尻尾もまさしくドラゴンそのもので、大柄の体格な偉丈夫、その上——。
どうしてでしょう。イオニス様の思い出そうとしても、
そんな私の悩みはさておいて、父は結婚の利を説きます。
「いや、彼らは徹底した実力主義だ。だからこそ、お前が選ばれた。お前なら侮られることもなく、対等に渡り合えるはずだ」
「対等って、私はただ魔力を持っているだけで、魔法の一つも使えません」
「それでいい! 魔法など使わずとも生きていける!」
いつになく父は気勢を強め、私の両肩を掴んでいました。
いつもなら父は、サフィール家の娘が魔法なしでいい、などと口が裂けても言えないはずです。この国の魔法の権威が、娘のためにそうまで言うなんて。
「いいか、エルミーヌ。
力を込めた父の大きな手が、説得力を生みます。
「それが、お前の平穏な生活を約束してくれるはずだ」
それは処世術というものでしょう。他の人と違うものを持って生まれてしまった以上、私は自分なりの処世術を身につけなければ、平穏無事に生きていけないのです。
(今までは、父や家族が守ってくれていた。でも、もうそれはない)
ついに、私にはそのときが来たのです。自分のやり方で、自分だけで、望むものを手に入れていかなければならない巣立ちのときが。
ならば、もうわがままは言えません。
「はい……分かりました。そのようにいたします」
しおらしい私の返事に、父がどのような気持ちだったかは分かりません。
しかし、力を込めていた大きな手は、少しだけ緩んだ気がしました。
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