第19話

「あのー、会議って普通後日やるものですよネ?」


「まあそうなんだけど、後回しにすると面倒臭そうだし。」


「私も同感よ。後で会社の所存という大きな問題を処理するのは面倒くさいからね。」


 カーティス石鹸商店は巨大な企業だ。社長カーティスが居ない状態で会社を放置しておけばおく程リスクは増す。経営が回らなくなるだろうし、社員による反抗も充分にあり得る。


 元政治家の俺から言わせてもらえれば、今解決しなければ手遅れになる可能性があるからな。即急に解決すべき問題なんだよな。


「じゃあ、話し合うべきなのでしょうナ……」


「そうですよ、李さん!昨日の敵は今日の友です!剣を交えた仲、一緒に頑張りましょう!」


「さっき戦ったばかりなんだけド……」


「まあまあ、そんな細かい所は気にせずに!」


「敵わないナ……」


 という訳で、俺、フランシス、アレクサンダー、李の計四名でカーティスの会社の存亡を決める会議を行うことになったのだった。ちなみにカーティスは外で気を失っている。


「で、単刀直入に言わせてもらうわ。この会社要る?」


「「要りますね。」」


 フランシスとアレクサンダーが同時に答える。


「そうなのカ?」


 李には困惑した様子で首を傾げている。李にはこういう難しい話は向いていないのかもしれないな。


「まあ、フランシスとアレクサンダーと同感だな。こんな大きい会社は要らないという訳にはいかないのよ。」


「どういうことダ?」


「この会社には大量のお金がある。私たちのようなルーキー会社には金がない。だからこの一社にある資金がとにかく欲しい。」


「だがエルナよ、社員も急な社権交代で困惑するんじゃないカ?困惑した社員のパフォーマンスは低下するだろうし、利益が出るとは限らなイ。だったら資金だけを奪っていけば良くないカ?」


 おっと、李がもっともなことを言っている。急な会社方針の変化は混乱又は不満を呼ぶ。最悪クーデターを起こされるかもしれない。そんなリスクを犯してまでこの会社が欲しいか。


「そうだけど、それ以上にこの会社は大きな意味を持つのよ。」


「意味だト?」


「ああ、この会社の規模よ。カーティス石鹸会社の知名度は金では買えない。その知名度をそのまんま頂けるのは、最高に大きなメリットよ。」


「知名度カ。」


「その通りよ、李。エルナお姉ちゃんの言う通り、カーティスが積み上げてきた知名度は伊達じゃないわ。何年もかけて作り上げた大きな器をそのまま受け取れるって言うのなら、願ったり叶ったりなのよ。」


「なるほど、確かにそれならメリットの方がリスクより大きいナ!」


「そうそう!」


「じゃあ満場一致で、この会社が必要ってことでいいね?」


「おウ。」


「じゃあ会社の保持は決まった訳なんだけど、会社の方針はどうする?」


「会社の方針ですか?」


「そうよ。カーティスにそのまま会社を運営させるかとか、社名を変えるかとか、商品を変えるかとかについてよ。」


「説明ありがとう。フランシスの言う通り、この会社をどうやって運営していくか、方針が必要よ。特に現社員の反感を買わないような運営法を考えないといけない。」


 急に会社の社名を変えると言われても、社員はもちろん納得いかないだろう。社員を納得させられるような運営を行わなければ、社内で反乱が起きかねない。


 同様に、急に俺たちが社長になったよと社員に説明しても、納得しないだろう。筋の通った説明がないと、この会社での俺たちの地位は不安定なままだ。


「ちなみに李さん、カーティスってこの会社内で結構人気ある方かしら?」


「いや、真逆だヨ。もはや会社全体から嫌われているネ。」


「じゃあいけるわね。悪魔の社長、カーティスを倒した勇者としてこの会社を統治すればいいのよ。」


「なるほど。それならいけるわね!」


「李さん。全従業員をどこかに集めることできるかしら?」


「もちろんダ。少し待ってロ。」


 李がそう言うと、鎧の隙間から携帯のような板を取り出す。そしてその板にゴニョゴニョと何かしゃべっている。この世界には携帯みたいなのもあるのか。


「エルナよ、後2分もすれば全従業員がロビーに集まるはずだゾ。」


「えっ、2分!」


「もうちょっと策を練りたかったんだけど!アレクサンダー!発表の用意して!」


「えっ、俺っすか!?」


「私はあくまでも指名手配犯よ。そんな迂闊に姿を見せることは無理よ。」


「は、はぁ……」


 数十秒経過すると、従業員の声が外から聞こえ始める。まだ1分も経ってないのにこんなに人が集まるなんて、流石は大企業というべきか。


「アレクサンダー!準備はいいかしら!?」


「はい!大丈夫です!」


「じゃあ、あとは任せたぞ!」


「任せてください。」


 アレクサンダーが自信たっぷりの様子で外へと闊歩すると、集まった大衆に向けて声を張り上げる。


「聞けぇえ!」


 アレクサンダーの声は雷鳴のように響き、視線が彼に集中する。ここからは、アレクサンダーの独壇場だ。頼むぞ、元騎士団長!


「人に最も必要なのは勇気だ。逆境に抗う勇気。それさえあれば何でもできる。それは、カーティスを倒すことであってもだ。俺たちはカーティスに一度潰されかけたが、逆境に抗い勝利した!カーティスの邪政は今終わった!今日から私たちが新たな時代を創るのだ!」


『おっ、おう……』


 俺から見たら素晴らしいスピーチなんだけど、急な展開すぎて社員の皆さんはあまり共感できてないみたいだ。まあ確かに知らない人が急に新時代を創るって言ったらただの変人だ。こうなったら、フランシスに代わってもらうか。


「フランシス、アレクサンダーに代わってよろしく!」


「はいはい。」


 フランシスは呆れた様子でアレクサンダーを押し退ける。


「ここからは私がやるわ。」


「役立たずですみません……」


「まあ、悪くはなかったわ。今度頑張ればいいのよ。」


「はい……」


 がっかりとしたアレクサンダーを他所に、フランシスはやる気満々な様子で大衆の前に現れた。


「私たちとカーティスは敵でした。でも今はお互いの価値観を認め合い、共に石鹸業界を席巻する会社を共に創ることになりました。カーティス石鹸会社改め、フラエル石鹸会社へと改名することになりました。この変化に伴って、カーティスは運営補助官という立場に退き、実際の運営は私、フランシスや、あそこに居るエルナが行うことになりました。」


「待て、つまりカーティスはもう社長じゃないのか?」


 大衆の中の社員が訊く。


「まあ、そうですね。会社の運営に直接干渉する権限があるかないかでは、ないですね。」


『おぉー!』


「また、カーティス石鹸会社との運営方針を大きく転換し、社員ファーストな会社作りを主軸として運営を行っていきたいと思います。」


『おぉー!!』


 社員たちから更に大きな歓声が湧く。やっぱりフランシスに任せると安心感がすごいな。失敗する気がしない。


「ということで、新しいフラエルをよろしくお願いします。」


 そう言って頭を下げると拍手が巻き起こる。不満がありそうな人は誰一人見当たらない。満場一致での社長交代。


「完璧に乗っ取ったわね。」


「そうですね。フランシス様さまさまです。」


「これほどまで上手くいくとハ……恐るべシ。」


 何はともあれ、長引くと思えたカーティス石鹸会社の件はなんと1日未満で一件落着した。金、知名度、新しい仲間を手に入れた俺はついに見えてきた安泰な生活に、胸が踊っていたのだった。

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