第17話
乙女ゲームはあくまでも女性向けのゲームだし、暴力沙汰はまずないと思っていたんだが……まさかこんな一触即発な状況になるとはな。
不幸中の幸いなのは未だに両者ともに不動だということだな。アレクサンダーとこのアサシンらしき人物は睨み合ったまま動かない。
どうしてこうなったのか。できれば暴力での解決は避けたいんだけどな。民主的な話し合いで解決したいんだけどな。今ならまだ止められるかもー
「来ないんですか?」
「だったら、お望み通り相手してやるヨ!」
二人はほぼ同時に地面を蹴り、勢い良く飛び出す。アレクサンダーが煽ったせいで、もう民主的な会話での解決は無理そうだな。
強い奴が勝つ。アレクサンダーがこのアサシンより強いことを願うしかないな。
お互いの剣が交わり合い、鈍い金属音が部屋に響き渡り、火花が散る。闘志に満ちた表情でお互い顔を歪ませながら、剣の刃が擦れ合う。瞬間的な力の勝負が続き、どちらも譲ることなく押し合っている。
しかしアサシンの方がアレクサンダーより大柄な体格をしている以上、明らかにアレクサンダーが不利。一応戦況は拮抗しているものの、ジリジリとアレクサンダーが押されていく。
「私の太刀を受けるとはやるナ。」
「お褒めいただき、光栄ですッ!」
アレクサンダーはアサシンとの押し合いを解き、一度距離をとる。アサシンの太刀を一度受けただけでアレクサンダーは肩を大きく上下させている。
それにしても、このアサシンは一体誰なんだ!顔をマスクで覆っているし、体も随分太い鎧で覆われている。声も男女どっちつかずのものだし。
こういう時に役立つのが、俺のスキルなんですよね。『人物紹介』を開いて、このアサシンについて検索してみる。
どれどれ、この野郎の名前は李鷹山で、て、転生者!?前世では中国の武闘家で、不倫がバレた妻に殺されたらしい。で、神々から慈悲を受け取って今世も転生ということらしい。
しかし特記すべきは彼のスキルだろうな。スキル『ファイター』というものらしく、あらゆる戦闘能力が上昇するらしい。そのスキルの補正がどれくらいのものなのかは分からないけども、アレクサンダーが不利なことには変わりない。
お願いだアレクサンダー、勝ってくれ!
「聖騎士の意地、見せて差し上げましょう!」
「かかってこイ!」
え?アレクサンダーが聖騎士?初耳だ。後で知ったことなのだが、どうやらアレクサンダーは王国騎士団元団長で俺に惚れて引退、従属したらしい。
つまりアレクサンダーは元王国最強騎士だったということだ。『ファイター』というスキルに対抗できるか少し不安だったが、これなら活路が見える。
「剛の剣術、第一式、崩御!」
アレクサンダーは両手で剣を握り、斜めに大きく片手剣を振るう。そしてそれを受け流す李。
「技名を叫ぶなんて、アニメじゃないんだかラ。」
「黙れ!柔の剣術、第八式、円孤!」
アレクサンダーは円を描くように剣を回す。李はアレクサンダーの剣を受け流そうとするが、突然李の手元が狂い、剣を落としてしまう。
「ッー!?一体何ヲ?」
「痴れ者に遺言など要らぬ!死ねっー」
「ストッープ!」
「エ、エルナ様!どうして!?」
突然の大声に驚いた様子で、アレクサンダーは手を止める。
「死人が出るのは不本意だからね。とりあえず李さんも一回手を止めようかしら。」
「ッー!なぜ私の名前ヲ!?」
「それは後で教えてあげるから。あ、アレクサンダー、カーティスは拘束しといて。」
「言われる前にもうしてます!」
どこから出したのか、アレクサンダーはカーティスをロープでグルグル巻きにしていた。仕事ができるのかできないのか、全く分からない奴だな。
「じゃあ、カーティスの調教はフランシスとアレクサンダーに任せるとして、俺は李さんと話したいのよね。出来れば席を外して貰いたいんだけど、いいかしら?」
「しかし、危ないですよ!」
確かにアレクサンダーの言う通り命の危険が伴うかもしれないけどさ、俺は李さんと転生について話したいんだよな。唯一の同郷者かもしれないし、知り合いにはなりたいんだよな。
という訳で、決して譲る訳にはいかないな。
「嫌よ。絶対に、嫌よ。いいから話させて。」
「わ、わかりました。外でカーティスでも虐めて待ってます……」
「えっ、虐めるって!?おい!謝るから!ごめんって!許して!」
カーティスの命乞いが聞こえたような気がするか、気のせいだろうな。フランシスはカーティスの頭を掴み、外へと引っ張っていった。
これで邪魔者はいなくなった。李さんは隙だらけの俺たちを攻撃しなかった時点で敵意はなさそうだけど、警戒はしているみたいだな。
「まあ、李さん。少し話さない?」
「な、なぜ私の前世の名前ヲ!?」
「それも話してあげるから。まあまず座りましょう。」
「あなた、本当の名前はエルナじゃないでしョ。本当の名前はなんなんダ?」
「常和よ。よろしく。」
「改めて、李ヨ。まあよろしク。」
この世界に来てから初めての同郷者相手の会話に少し胸が昂っているのだった。
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