第16話

 カーティス石鹸商店本社の建物は、日本の高層ビルを彷彿とさせるような圧倒的なものだった。財力差をこれほど感じるとは、心が少し折れそうだ。


「それにしてもすごい建物ね。」


「そうね。」


 今日連れてきた面子はフランシスとアレクサンダーだけ。他の面々はお店でお留守番だ。この3人のメンバーで、ソーを攻め落とす訳である。


「エルナ様、疑っている訳じゃないんですが、本当に大丈夫なんですか?」


 アレクサンダーが心配したように聞くが、もちろん俺も手ぶらで来たわけではない。きちんと弱みをいくつか握ってきたつもりだ。


「ええ、任せなさい。」


 準備はできてるし、いざ出陣するか。ジャンがきちんと伝言を伝えてくれていたらとても楽にソーと話せそうなんだけどな。ジャンがきちんと働いてくれたことを願う。


 俺を先頭にして立派なビルへと入ると、巨大なロビーらしき空間に出る。中は大理石詰のおしゃれな空間であると同時に趣もあるという、居心地のいい空間だ。でもやっぱり緊張感からか、全く居心地良く感じない。正直言って吐きそうだ。


 ロビーであたふたしていると、若い女性に突然話しかけられる。


「フラエルの皆さん、ソー様がお待ちです。」


 ジャンがきちんと伝言をしてくれていたようでホッとする。どうやら、カーティスと話せそうだな。ここからは完全に俺の力量に任される。


「まあ、ここからは私に任せて。」


「これで失敗したら絶対恨むからね!」


 こんな突拍子の無い計画を聞いてくれたフランシスに感謝しないとな。そして俺はこの計画をきちんと成功させないとな。


「では、ご案内します。」


 秘書らしき女性に連れられて、俺たちはロビーの端の一室に案内される。まだ部屋に入っていなくても分かる。この部屋は明らかに貧乏人向けの応接室だ。


 扉は所々塗装が剥がれており、金属のドアノブも明らかに錆びている。これは、明らかに舐められてる。自分達が悪いなんて一ミリも思っていないと言っているような態度だ。


「社長は中でお待ちです。どうぞお入りください。」


  要するに勝手に入れと言っている訳か。売られた喧嘩は買わないとな。本来ならノックして入るべきなんだろうけど、そんなの糞食らえ。


 俺は扉を我が物顔で蹴り開ける。さあカーティス、勝負をしようか。


「普通ドアをノックするのがマナーだと思うんですけどね。」


「あんたがカーティス?」


「まあ、話は座ってしてはどうですか?」


 まあ立って話をする訳にもいかないし、部屋の中央に設置された円卓の一席に座る。フランシスとアレクサンダーも俺の両隣に座る。


「では、少し落ち着いたことですし、自己紹介させてもらいますね。私はカーティス石鹸商店社長のソー・カーティスです。」


 ソーは意外なことにイケメンの青年で、いかにも乙女ゲーに出てきそうな顔をしている。金髪にエメラルドのように煌めく瞳はまさに女性キラー。そして最も印象に残るのが、メガネ。四角いメガネがソーの美貌に一種の真面目さを加え、さらに昇華させている。


 口調からしても悪いやつとは思えないんだけど、スキルによると、やっぱり悪役っぽいんだよな。


「カーティスね。私はエルナ、エルナさんと呼びなさい。」


「エルナさんは非常に生意気なことで。だから底辺令嬢は。あっ、令嬢じゃもう無いですもんね。」


「子供みたいな煽りしかできないのかしら?もうちょっと頭を使ってちょうだい。」


「口だけは達者なことですね。」


「まあいいわ。早く賠償金を払ってもらえないかしら?私たちの店をめちゃくちゃにして?貶めようとしたツケはきっちり支払ってもらいますよ?」


「そっくりそのまま返させてもらいますよ、その台詞。ウチのジャン君がね、君たちに不当な暴行を受けたと言ってるんだけど、責任取って貰おうかな?」


 暴行?そうだった、フランシスがジャンのことボッコボッコにしてたんだった。手を出した方が負けだと母がいつも言ってたな。これじゃあ、俺たちが悪いってことじゃないか。


「本当なら暴行罪で起訴したい所ですが、まあお詫びとしてフラエルを渡してもらえるなら、起訴はしないとお約束しましょう。」


 非常にまずい。ただでさえ指名手配されてる俺が起訴されてしまったら今度こそタダでは済まないだろう。こうなったら、俺の手札を切るしかなさそうだ。


「暴行罪ですか?聞き覚えがあるわね。あなた、自分の息子に夜な夜な暴行してるそうじゃないの?」


 沈黙。アレクサンダーとフランシスが驚いた表情で俺を見つめてる。開いた口が塞がらないとはこのことだ。


「こんなことがお客さんに知れ渡ったらどうなるんでしょうね?」


「うるさい!そんな出鱈目なことを言うな!」


 ソーは突然声を荒らげて叫ぶ。明らかに図星の反応だ。


「あれれ?焦ってますか?もしかして図星?」


「くそっ!黙れ!」


 ソーの顔は真っ赤に染まり、シワが眉間に寄っている。キレてるキレてる。俺は実に愉快な気持ちで彼を見つめる。


「なにニヤニヤしてるんだよ!証拠を出してからそんなこと言え!証拠出してみろよ!」


 おっと顔に出てしまってたか。ちょっと前までの俺なら証拠を突きつけられなかっただろうけど、今の俺は違う。強化されたスキルの力のお披露目といこうか。


「あなた、息子のベッティ君を殺害してますよね?」


「ッー!」


「死体は床の下に隠してあるでしょ?バレバレよ。」


「なんでそのことを!」

 

「さあ、なんででしょう?」


「クソッ、もう最初からこうしてれば良かったんだ……」


 え?最初から何をしてれば良かったのー

「やれ!」


 ソーの大号令に応じて、武装した男が壁を突き破って部屋に乱入する。身長2メートル以上あるだろうこの巨男は明らかに俺を殺そうとしていて、今にも襲われそうだ。


 そしてついに大男が腰の大剣を俺目がけて振り落とした瞬間、鈍い金属音が狭い応接室に鳴り響く。万事休すかと思いきや、アレクサンダーがこの男の太刀を受け止めていた。


「アレクサンダー!」


「レディーに剣を振るなんてクズの塊ですよ?」


「お前も口だけは達者なようだな!まあ、二人まとめて殺れ!」


 アレクサンダーは巨漢をきっちりと見据えて腰の剣を抜く。戦闘のゴングが今鳴ろうとしていたのだった。

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