第14話
フラエルの宣伝をしてから4日後、ついに開店日当日が訪れてしまった。現在フラエルの知名度は最高潮を迎えていて、最高のコンディションだと言えるだろう。
開店までの四日間で、俺たちはひたすら家に引き篭もり、石鹸を作った。こういう体仕事を行う従業員を雇いたかったところなんだが、もちろんそんな金はない。
開店1日目までに少なくとも500個の石鹸は商品として必要だとジャニスが言ってたから、皆総出で石鹸の製造を丸四日進めていたという訳だ。
しかも1日目と比べて少しずつご飯の量が減っている所を見ると、結構資金不足が深刻だということが読み取れる。本当に勝負の日になりそうだな。
開店一時間前を切った今、俺達は店内の棚に商品を並べまくっていた。500個もある石鹸を綺麗に並べるのを淡々と繰り返すだけ。とても辛く、途方のない作業だ。
正直言って憂鬱だ。この過去1週間近く大層なことを言っときながら失敗したら、フランシスにもう顔向け出来ない。こんな時にだけなぜ時間の流れが早いのだろうか。
「外にもう行列が出来てますね。」
「確かに。宣伝の効果があったっぽいな。」
アレクサンダーとタクトが話す。この二人は水と油のような関係かと思いきや、案外この二人は仲がいいらしいんだよな。
いいなー。俺もいい友達が欲しいなー。対等に話せる相手がいないのが辛い。ちょっと最近孤独を感じているのは秘密だ。
「おっ、できてる。」
物思いに耽っていると、気づいたら商品を並べ終えていた。時計を見てみるともう十分もない。そろそろ本番の打ち合わせをするか。
「はーい、皆集合しましょう!打ち合わせをするわよ。」
そう呼びかけると皆んな仕事を切り上げ、俺の周りに集まる。じゃあ、今日の作戦を最終確認しよう。
「まず、今日の接客はアウフとタクトが、会計はジャニス。現場の管理はルーカスに任せるわ。」
「「「了解!」」」
「そういえばフランシスを見なかったかしら?」
「さっきトイレに行きましたよ?」
「ありがとう。」
一応フランシスにも今日のことを伝えとかないといけないからな。店内のトイレの扉をノックする。
「フランシス、そこにいるの?」
「え、エルナ姉ちゃん、わ、私帰っていいかし、ら……」
ものすごく弱々しい声で、俺の呼びかけにフランシスが応える。根暗なイメージが再び顕現してるのが非常に気になる。これって、もしかして……
「フランシスってもしかして人見知り?」
「な、なんで、わ、わかるの?」
「なんとなくよ。」
今日の販売において、俺とフランシスの重要度は正直言って低い。責任者面して見てればいいだけだからそんなに気負うほどじゃないと思うんだけどな。
「もし無理なら帰っていていいわよ。私がどうにかするから。」
「じゃ、じゃあ、お、お言葉に甘えて!」
トイレから勢いよく出たフランシスは足を一度も止めることなく、店を出ていった。人見知りにも程があるはずなんだけどな。
これで戦力が一人減ってしまった訳なんだが、まあ皆優秀だしどうにかなるかな。やれることはやったはずだし、あとは勝負するだけだな。
「エルナ様ーいよいよ時間です!」
ルーカスが俺を呼ぶ。よし、こっちは準備万端だ。
「ドアを開けて頂戴!フラエル、開店よ!」
「わかりました!」
アレクサンダーが勢い良くドアを開けると、大量の人が滝のように店内へと流れこむ。安価な石鹸を求める人は底知らず、大きな店内は瞬く間に埋め尽くされてしまった。この勢いなら、初日完売を果たせるかも知れない。
順調に棚から商品が無くなっているのを見て、少し肩の力を抜いた、その瞬間ー
「この店詐欺じゃねぇかよ!」
「ッー!?」
一人の中年男性が店の騒音に負けない声でそう叫ぶ。俺たちはもちろん詐欺なんてしていないし、商品もきちんと良質なものだ。なのに詐欺なんて……
「フラエルでは、決してそのような行為は行っていません。」
ルーカスが落ち着いて対応する。百点満点の返答だがー
「いやいや嘘つくなよ!ほら、この石鹸明らかに色がおかしいじゃないかよ!」
男は黒茶色の汚い石鹸をポケットから取り出す。本来の乳白色とは天と地ほどの差だ。一体なぜこうなったのだろうか……普通着色でもしないとあれほど汚い色はつかないはずなのに。
あの石鹸は不良品ではない。決してだ。だとしたらあの男が何かをやらかしたとしか思えない。
「これは多分お客様がー」
「俺が何かやったというのか?俺のせいだっていいたいのか?俺は客だぞ!」
この一人の男のせいで、客が急にざわつき始めてる。まずい、これ以上はうちの信用問題に関わる。俺が対応するしかなさそうだ。
ずっと様子見したかったのだが、どうやら無理らしい。ここで迷惑客には退散してもらおう。堂々として、中年の男に近づく。
「お客様、お引き取り願います。」
「はぁ?俺に言ってんのか?お前誰だよ?」
「この店の責任者です。お引き取り願います。」
「うるせぇ!お前らに不利な情報を出されたから怯えてんのはバレてんだよ!」
こちらにミスがあると?ありえない。石鹸を500個作ってきたけど、こんなことは未だに一度も無い。ならなぜ?
中年の男をまじまじと観察する。どうにかして石鹸を茶色く染めてるはずなんだ。どこかにヒントがーって、手!
手が不自然に茶色に染まっている。明らかに染料を使った跡にしか見えない。これはお仕置きしないといけないな。
男の頬目がけて強烈なビンタを喰らわす。顔に真っ赤な手形がついてかなりご機嫌斜めのような気がするけど、まあ気のせいだな。うんうん。
まあともかく、これで恋愛相関図を見れるな。どんな弱みが書かれてるんだろうーってあれ?恋愛相関図には極めて健全な関係が載っていたんだが。弱みがない!
待ってくれ。これって非常にピンチじゃない?暴行罪でまた牢獄に入れられて、またあの苦痛を味わうことになるっていうのか?やばい、誰か助けてくれ。
「テメェ、俺を殴りやがって!ぶっ殺してやる!」
中年の男は拳を俺目がけて振りかぶる。万事休すと思ったその瞬間、思わぬ助っ人が現れた。
「待ちなさい!」
「ーッ!?」
「その人は、嘘をついてるわ!」
その声の主は、馴染みのある根暗な少女ー
「フランシス!」
「エルナ、話は聞かせてもらったわ!」
あの人見知りなフランシスの姿はそこには無く、自信に溢れる、強い少女がそこには居た。これほど頼もしいと思ったことはないな。
「ねぇ、あなた。こっち来てくれないかしら?」
「あ?なんで俺が?」
「いいからさっさと来いや!」
「は、はい!」
ヤンキー顔負けの気迫に押された男は従順にフランシスの指示に従う。
「ポケットの中見せろや。」
「え?」
「ポケットの中見せろや!」
「む、無理です!」
「なら力ずくでやってやるよ!アレクサンダー!」
「はい!」
あれ?なんでアレクサンダーを自分の部下みたいに使ってるんだ?アレクサンダーは俺の部下だぞ。
アレクサンダーは慣れた手つきで男を拘束し、ポケットの中から茶色の染料が入った小瓶を取り出す。
「あれれー?これはなんなんだろうねー?」
「こっ、これは誤解なんです!上司が、そうです!上司が!」
「お前どこのシマのもんや?」
「王都の方の石鹸屋です……」
「へぇー。テメェ舐めてんじゃねぇぞ!」
「ヒィ!」
もうどっちが悪者なのか分からない。今、『人物紹介』で調べて見た所、どうやらフランシスは二重人格ではなく、三重人格らしい。普段は妹キャラだけど激昂するとヤンキー、絶望すると根暗になるらしい。
なんていうか、喧嘩売らないようにしよう。
「皆さん、お騒がせしました。この通り、我々の商品には欠陥はありません。安心して我々の石鹸を購入して頂けます。」
ルーカスがここで物事の収拾を図る。客も安心したのだろうか、次々と買い物を再開していく。これならどうにか信用も落とさずにやっていけそうだな。
一件落着、とそう肩の力をついに抜くと、どこかから変な声が聞こえる。
『恋愛相関図がレベル2にレベルアップしました!』
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