Reflect②

 

 少女の家には古い姿見がある。いつからあるのかは知らない。 持ち主は共に暮らしていた祖母であり、昔ある人に譲り受けた大事なものなのだとよく話していた。

 その祖母が半年前に亡くなった。少女の家はそれなりに歴史のある名家であったが、祖母は自身の身体の老い具合を正確に把握していたようで、自身の死後に醜い相続争いが起きないよう、生前にしっかりと遺言書をしたためていた。

 彼女はその祖母の遺言で件の姿見を相続することになったのだ。母や他の親戚は、「鏡なんてどうしようもない」と言うが、少女は祖母が大事にしていた品を自分に託してくれたことが純粋に嬉しかった。祖母はきっと自分なら鏡を大事にしてくれると信じてくれたのだろうから。

 その鏡に異変が起きたのは、一か月ほど前の事だ。


**********


「わざわざ遺言に遺すほどのものってことは、相当価値の高いものなのかな、その鏡って」 「いえ…… 特にそんな話は。どこにでもある普通の鏡だと思います。家に置くのには少し大きすぎるんですけど」

 広瀬の質問に答える彼女は、先日、広瀬が喫茶店で声を掛けた女子高生集団の内の一人であり、話題の当事者だった要亜希という名の少女だ。必然と今回の案件の依頼人になる。


 少女の話によると、彼女の祖母の形見である鏡に、一か月程前から見知らぬ人物が映るようになったという。それも一度ではなく、 何度も……何度も。その姿はいつもその鏡の中にのみ現れる。彼女の背後に誰かがいて映り込んでいるという可能性も無かった…… もしそうならば、 そっちの方が恐ろしい話だったかもしれない。

 この怪奇現象に恐怖を感じた彼女は母親に相談したのだが、気味悪がった母親は鏡を捨ててしまおうと言い出した。しかし、彼女は祖母から託された鏡を手放したくはなかった。自分を信じた祖母の想いを裏切りたくはなかった。鏡を捨てられない為には、この現象の原因を突き止めなくてはならない。ところが、彼女自身は原因に全く心当たりがなく、八方塞がりになっていた時に広瀬に声を掛けられたのである。


 広瀬たちの『雇い主』は、ホラーや怪奇現象の類を異常なほどによく好む。自身の子供たちに絵本代わりに怪談話を聞かせていたレベルには好んでいる。そんな人がこの奇妙な話に興味を持たないはずがなかった。却下されるとは微塵も思っていない様子の広瀬から この話を聞いた『雇い主』は、案の定、この案件に食いついた。ただ協力するのではなく、仕事として受け入れるあたりが厭らしいが、古今東西、経営者とはそういうものである。

 そんな経緯で現在、広瀬と茅野は件の鏡を見るために、少女の家を訪れていた。娘から『便利屋』の男が家にやって来ると聞き、彼女の母親はかなり警戒していたようだが、実際にやって来た顔の整った若い二人組を見てからは、急に歓迎モードに移行した。年齢に関わらず、やはり女性は自分に正直なようだった。


 鏡が置かれていたのは、八畳程の広さのある和室だった。そこは半年前まで少女の亡き祖母が管理していた物置部屋であるという。そこに置かれた鏡には大きな白い布が掛けられていた。怪奇現象が起こるようになってから、鏡を見るのを恐れた母親が掛けるようになったものらしい。

「鏡に映ったのってどんな人だったの?」

 本来は仕事である為、客である依頼人には敬語を使うべきなのだが、年上の男二人に敬語を使われる事に違和感を感じたらしい彼女自身の頼みで、口調は意図的に砕けたものにしている。

「ええと…… 怖くてあまりしっかりとは見ていないので、曖昧にしか覚えていないんですけど」

  申し訳なさそうにこちらを見る彼女に「大体で大丈夫だから」と茅野は先を促した。

「長い…… 黒髪の綺麗な女の人だったと思います」

「わあ、凄いジャパニーズホラーっぽい…… その人、ストレートヘアだった?」

「え…… 多分……?」

「映るのは毎回同じ人?」

「はい。それは絶対に」

「なるほど、最初は見知らぬ人だったのに鏡を通して顔見知りになっちゃったんだねえ」

「えっと…… 」

「…… 広瀬、ちょっと黙ってて」

 明らかにどうでもいいところに興味を持ち過ぎだ。広瀬に喋らせていたら話が一向に進まない。

「その人が映るのってどんな時? タイミングに共通点とかある?」

「映るのはいつも本当に急なんです。それまでは本当にずっと誰も映っていなかったのに。鏡から目を逸らしたわけでもないのに、ふと気付いたら鏡の中に現れて、私の方をじっと見ているんです」

 そう言うと、要亜希はまるで自分自身の身体を抱き締めるように両腕に力を込めていた。


***********


「ねえ、おばあちゃん……ペンペンがどこに行ったか知らない? 昨日からずっといないの……一番のお気に入りだったのに……どこに行っちゃったのかなぁ……」

「ごめんねえ、亜希。私は何も知らないの……」

「そっか……もう見つからないのかなあ……」

「そうだねえ。そういう失くし物は意外な場所を探すと、ひょこって出て来たりするものだよ」

「……亜希、もう一回探してくる! どっかからひょこって出てくるかもしれないもんね!」

「諦めなければそのうち、きっと見つかるよ……そうそう、亜希……」

「ん~なあに?」

「おばあちゃんの物置部屋の中に入ったりはしたかい?」

「……んーん、入ってない。亜希はなーんにも知らないよ」

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