11
二〇二七年 八月二七日 午後十一時三二分
日本人民共和国 東京府 千代田区 日本人民党本部
「つ、つまり…… ソ連は…… 」
垣原書記長は額に脂汗を浮かべながら、切れ切れの言葉をこぼした。瀕死の患者が痛みを堪えつつ最期の言葉を残そうとするかのような声だった。
「米国を…… 否、西側を滅ぼしてしまうつもりだ…… と?」
「左様」
オルロフスキーは鷹揚と頷く。
「我がソ連の保有する反応弾頭の無制限使用と、
「しかし…… 」
垣原書記長は言葉を詰まらせる。ソ連代表部の面々の方に目を遣れば、誰もが顔を強張らせつつも異論を唱えようとはしていなかった。信じ難いことに、これが本当にソ連の意向なのだ。ミール機関―― 反応動力技術を管理する謎に包まれた超国家機構は、ときとして
「しかし、反応弾頭の全面使用は、あまりにも…… 。米国も間違いなくハイドラシステムで応戦するでしょう。いったい、人類の受ける打撃がどれほどのものとなるのか…… 」
「無論、ただとはいかない。初戦の反応弾頭使用と西側の報復によって全世界の都市部の四五パーセントが壊滅する。英豪印及び中東連合の殲滅に二年、南北米大陸への渡洋侵攻に三年が費やされ、それによって東側の連合軍も致命的な損害を被るだろう。今後十五年の間に世界人口は一五億人前後まで減少し、多くの地域で文明は半世紀分後退するはずだ」
しかし、とオルロフスキーは微笑を浮かべたまま続ける。その顔に己が語る未来への疑い、葛藤は微塵も存在しなかった。
「その破壊と混沌の中から真の共産主義が生まれるのだ。かつて、ロシアの大地を吹き荒れた内戦と干渉戦争の暴風から、ソビエト連邦が生まれたように。我々の計画経済と一党独裁の体制は、半世紀に渡る混沌を強靭に耐え抜くだろう。だが西側にそれは不可能だ。破壊された資本主義の残骸からやがて人民の自発的な権力が立ち上がる。生き残った我々はそれを領導する。かくして世界革命は成り、新秩序の中で人類は歴史を次の段階へと進める」
オルロフスキーが半世紀後の未来を語り始めた辺りから、垣原は眼前の光景が急速に遠のいていくような感覚を覚えていた。それは現実感の欠落によってもたらされた感覚だった。
垣原は日本側の末席に座る制服姿の男に目をやった。一様に動揺している日本側の面々の中で、彼だけが泰然自若としていた。大嶋雄理。オルロフスキーと組んで一連の戦争の裏で暗躍し、戦後の新生日本への反応動力技術の供与を取り付けた男。彼はそれによって、人民共和国の地位をソ連の資源に依存する農業国から引き上げんとした。垣原も彼の構想には賛同し行動の許可を与えたが、見据えているものがあまりに違ったのだ。
垣原はただ、帝国に対する今後二十年の安全保障を確保するだけで充分だった。在日米軍の壊滅も祖国統一も、本気で考えたことなどなかった。ましてや人類の行く末など想像の埒外だった。
ああ、だが、自分は既に引き金を引いてしまったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます