第12話 伝説の始まり

「ふぁ~、おはようございます~」


「YO! チェケラ!」


『YEAH』


「キュェア」


「……随分盛り上がっているみたいですけど、今日は何してるんですか?」


 寝起きのシロナが困惑した様子で尋ねてくる。

 俺たちはパンクな衣装に身を包んでいた。


「ちょうど今ロックバンド結成したところだ。即興ラップ『麻婆豆腐ウォーズ』を披露するぜ!」


「はぁ」


 役割は俺と零華がボーカル。

 龍之介がボイパ。

 横島がエレキギター。

 ゴリマックスが打楽器ボンゴ

 コンちゃんが合いの手担当だ。


 いくぜ、ファーストライブ!



「YO! 俺の名前は星宮なぎさ! 特技は料理! 作るの得意! 俺のメシは超うまい!」


『断言するねぇ、料理長。自慢の料理教えてYO!』


「本日紹介するは麻婆豆腐! 中華料理の定番メニュー! 食べたらやみつき間違いなし!」


『想像したら垂れるよヨダレ。もっと食欲刺激して!』


「ゴロゴロひき肉。引き立つ香り! 豆腐の中まで味しっかり!」


『散らすぜ花椒かしょう!』


「かけるぜラー油!」


『ネギを乗せたら完成じゃい! 食べる手止まる、ことはな~い!』


「おいしい秘訣は選んだスパイス!」


『最高の旨辛endless!』


「食べたら驚く」


『誰もが満足』


「『それが俺の麻婆豆腐! YEAH!』」


 俺はマイクを床に叩きつけた。


 龍之介の正確なボイパ。

 横島の普段とは正反対な熱い演奏。

 ゴリマックスの繊細なボンゴ捌き。

 コンちゃんの完ぺきな合いの手。


 ファーストライブは大成功だぜ!


「面白かったですよ。私も麻婆豆腐食べてみたいです!」


「んじゃ、晩メシは麻婆豆腐にするわ」


「『やったー!』」


「きゅい~!」


 朝飯を終えたところで、俺たちは外に出る。

 昨日の夜に面白いもの作ったから使ってみてぇんだよ。


「テッテレー!」


 俺は【アイテムボックス】から大砲を取り出した。


「激おこぷんぷんキャノンMK-Ⅱだ!」


「相変わらずネーミングセンスが異次元ですね」


「ありがとな!」


「いや、皮肉だが?」


 この大砲の最大の特徴は、火薬ではなく魔力を用いて発射することだ。

 たくさん魔力を注ぐほど速く遠くまで飛ぶ仕組みになってるぜ!


「時々走って移動するのダルい時あるよな。そこで俺は思ったのよ」


「おかしなことを?」


「大砲で空を飛べば楽々移動できるんじゃね? と」


「何食ったらそんな発想出るんだよ」


「家庭料理」


誤家庭料理ごかていりょうりの間違いでは?」


 とりあえず俺は大砲の中に入った。

 発射準備オッケーだ!


「急募。大砲に魔力を注いでくれる方」


『はいはいはい! 我がやりたい!』


「採用! 頼んだ!」


『えい! 我の魔力の二割を注いでみた!』


「それ大丈夫なんですか……?」


 大砲からあふれんばかりの光が輝く。

 空の果てめがけて俺が発射された。



「ゴーーーーーーーーーイングマイウェェェェエエエエエエエエエエエイッ!!!  俺は俺の道を行くぜぇぇぇぇぇーーー!!!」






◇◇◇◇(SIDE:勇者パーティー)



「人類最強とやらも所詮はこの程度か。遊びにすらならんとは思わなかったぞ」


「クソ……! 俺たちはここまでなのか……?」


 俺はがくりと膝をつく。

 全長十メートルを超える巨体を持つ牛の魔物──冥王牛グガランナがつまらなさそうに呟いた。



 ここはSSランクダンジョン…………人類未踏破の最難関ダンジョンだ。

 俺たち勇者パーティーはついに最難関ダンジョンのボスまでたどり着けたが、結果は無様なものだった。


 勝負にすらならなかった。

 仲間たちは動くことすらできないほどのダメージを負い、俺自身もすでに満身創痍。

 じきに殺されてしまうだろう。


 ……だが、これでも俺は人類最強の勇者だ!

 大人しく殺されてたまるか!

 せめて自爆攻撃でダメージを与えてやる!


 そう決意を固めた時、上層から声が聞こえてきた。


「アイドントストッピング、ゴーイングマイウェェェェェェェェェェェェェイ!?」


「なんだ……?」


 冥王牛が俺たちを無視して上層を睨む。


 直後、何かが降ってきた。


 ドゴォォォォォォンッ! と爆音を立てながら着地する。

 砂埃の中から、金髪の男みたいな女が現れた。


「ふい~、ようやく止まったぜ」


 ……は? 何コイツ。

 ここ最難関ダンジョンの最奥なんだけど。

 そんなラフな格好でどうやってここまで来れたんだ……?


 ……って、そんなこと考えてる場合じゃねぇ!


「誰かは分からねぇがそこの女! 今すぐ逃げろ、あいつは化け物だ! 死んじまうぞ!」


 女が冥王牛の存在に気づく。

 常人なら死んでしまうほどの強烈なプレッシャーを受けた女は、あろうことか喜びの声を上げた。


「うひょー! クソデカ牛肉さんじゃん! ラッキー!」


「何者だ、貴様は?」


「我が名は星宮なぎさ! 着弾したと思ったらなんか異空間に突入し、明らかに正規ルートじゃなさそうな奈落にホールインワンしてここまで転がってきた! ここはいったいどこか!」


「そうか。死ね」


 冥王牛が薙刀なぎなたを振る。

 なぎさと名乗った女は、勇者の俺ですら目視不可能の速度でパンチを放った。


「三色チーズ牛丼の特盛に温玉付きをお願いしまああああああああああす!!!」


「ブモッハァァァアァアアアアアオギャァァァアアアアアアアア!!!?」


「………………は……?」


 俺は思わず呆けた声を出してしまった。


 ……仕方ねぇだろ

 だって、俺たちじゃ相手にすらならなかったあの冥王牛が一撃で殺されたのだから。

 こんな一般人みてぇなのが圧勝するっていったい誰が予想できる?


 頭部を失った冥王牛の死体が倒れた。

 ダンジョンで死んだモンスターはアイテムを残して消滅する。

 冥王牛の死体もその法則に従って消滅した。


「ほああああああああああああああああああああああ!!?」


 なぜか女は絶望した表情で膝をついた。


「俺の牛肉が虚空に消えちまったあああああああああ!!!? ここは地獄だあああああああああああああ!!!」


 女はしばらく号泣していたが、気を取り直すと俺に話しかけてきた。


「ガチでここはどこなん? どうやって帰ればいい?」


「……ここは人類最難関ダンジョンだ。奥の部屋に宝箱と帰還用のワープホールがあるはずだぞ」


「マジで助かったわ。ありがとな!」


 女はそう言い残して去ってしまった。


 ……本当に何者だったのだろうか。

 ダンジョンのことを何も知らない様子だった。


「いや、そんなの関係ねぇか」


 人類最難関ダンジョンをあっさりクリアした、俺たちの命の恩人であることには変わらねぇ。

 どこの誰かもわからない彼女に俺たちが恩返しできるとしたら、その功績を国王様や全国民に伝えて讃えることくらいだ。


 せめてその偉大さだけでも後世に語り継ごう。

 英雄の誕生をみんなに知らせるんだ。






◇◇◇◇



「ただいまー!」


「お帰りなさい」


『お夕飯はよ食べた~い!』


「きゅ~」


 なぎさが帰宅すると、待ち詫びてたようにみんなが出迎えてくれた。


「見てホラ! スゲーのゲットしたぜ!」


 なぎさが【アイテムボックス】から取り出したのは、オリハルコンを用いて作られたイヤリングだった。

 光を反射して美しい光沢を放っている。


「ナニコレ!? どこでこんなものを!?」


「なんか人類最難関ダンジョンとかいうところの宝箱に入ってた」


「はい!? まさか攻略しちゃったんですか!?」


「確信はねぇがそんな雰囲気はしてたな」


「大砲で飛んでいったついでになんちゅうこと成し遂げてんですか……。なぎさはやっぱり規格外です」


 シロナは呆れた様子で口にする。

 なぎさはオリハルコンのネックレスをシロナに手渡した。


「ほれ、プレゼントだ」


「いいんですか!?」


「シロナに似合うと思って持って帰ってきたんだ。お前めっちゃ美人さんだからな!」


「……あ、ありがとうございます、なぎさ! ずっと大事にしますね」


 シロナが少し照れた様子で礼を言う。

 なぎさはなんでないことのように笑った。


「ははは、気にすんな。あ、そういえばそのネックレス『一度だけ死を無効化する』って効果ついてるから」


「わっちゅ!? 効果強すぎでは!?」


「そりゃー、人類最難関ダンジョンとかいう場所にあったやつだからな」


 びっくり仰天のシロナを見たなぎさは面白そうに笑う。



 この時のなぎさは知らなかった。

 自身の存在が伝説になることを。


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