第57話 伸七郎の恋人

 伸七郎に応援をしてもらっている俺。


 その期待に応えたいと思っている。


 それにはまずあいさつをしなければならない。


 この日も乃百合さんにあいさつをしようとした。


 しかし、結局、できないまま放課後を迎えてしまった。


 相変わらず周囲には友達がいるので、乃百合さんのそばに近づくのは難しい。


 でもこのままでは、それこそ何もできないまま夏休みになってしまう。


 友達と一緒に教室を出て帰っていく乃百合さん。


 その後ろ姿も美しい。


 俺は明日こそ乃百合さんにあいさつをしようと思うのだった。




 翌日の朝。


 雨が上がったばかりで、ちょっと肌寒い日。


 俺が学校の校門に入った後、


「おはよう」


 と俺に向かって声をかけてくる男がいる。


 伸七郎だ。


 俺は立ち止まった後、振り向いて、


「おはよう」


 とあいさつをしたのだが……。


 隣には、伸七郎の幼馴染である初林さんがいた。


 ポニーテール。


 二人は手をつないでいる。


 いい傾向だと思う。


 決してうらやましいとは思わない。


 いや、少しは思うけど……。


「改めてだけど、俺の幼馴染にして恋人の舞居子ちゃんだ」


 伸七郎が初林さんの紹介をする。


 名前は以前から伸七郎より聞いていたし、今まで何度か見かけたことはある。


 しかし、高校一年生と今の二年生でクラスが違ったこともあり、間近で見るのははじめてだ。


 遠くから眺めていた時もかわいい子だとは思っていたが、これほどかわいい子だとは思わなかった。


 うらやましいと思ってはいけないのだけど、どうしても伸七郎がうらやましくなってしまう。


 乃百合さんともし出会っていなければ、初林さんのことを好きになったかもしれない。


 もちろん俺は乃百合さんと出会っているので、好きになることはありえないが、それだけの魅力は持っている子だ。


 逆になぜ今まで、伸七郎が積極的にアプローチをしてこなかったのだろうか?


 こんな魅力的な子だったら、小学校高学年の内に、恋人にすると思うのだけど。


「初林舞居子です。よろしく」


「島森海定です。こちらこそよろしく」


 お互いあいさつをすると、初林さんは、


「ありがとうございます」


 と言って俺に頭を下げた。


「いや、俺、初林さんに感謝するようなことをしてました?」


 今まであいさつすらしたことのない関係だ。


「伸七郎ちゃんにわたしに告白するよう、アドバイスをしてくれたと聞きました。わたしも伸七郎ちゃんのことが好きでしたけど、つり合いがとれないのに好きでいていいのかとずっと悩んできたんです。島森くんがいなければ、わたしたち、ただの幼馴染で終わってしまったかもしれません。それを救ってくれたのがあなたです」


「俺は別に何もしていません。二人の間に運命の赤い糸がつながっていたからこそ、恋人どうしになったのだと思います」


「それでもあなたが伸七郎ちゃんにアドバイスをしなければ、つながっていても、恋人どうしというところまでにはたどりつけなかったと思います」


「そう言っていただけるとありがたいです。二人がもっと幸せになっていけるよう、心から願っていきたいと思います」


「島森くんにそう思ってもらえるなんて……。とてもありがたいことです」


「俺からも改めて礼を言わせてもらう。俺たち、昨日からこうして登校中は手をつないで歩くことにしたんだ。こうして幸せを味わえるのもお前のおかげだよ」


 昨日は登校中、伸七郎と初林さんには会っていないので、二人が手をつないでいるのを見るのは初めてだ。


 しかし、まだ二日目だというのに、昔からの恋人という雰囲気が漂っている。


 俺も乃百合さんとこういう関係になりたいなあ……。


 俺はそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る