第22話 裏切り
「なんだ、ここ。見たこともない部屋だ」
目が覚めた俺の目に映りこんだのは、薄暗く汚れた壁だった。俺が眠りについた寝室とは似ても似つかない部屋のありさまに、思考が停止する。それに、なんだか体が自由に動かない。
「は!もしかしてこれは夢か!?何だよ驚かせんなよなーったく!」
俺は必死に目を覚まそうと、何度も目を閉じたり開けたりしてみる。しかし、目の前の景色は一向に変わらない。
それどころか、後ろ手に組まされている腕が痛みを感じてきた。夢の中ならば絶対にありえない現象。俺は恐る恐る視線を下に向ける。
その視線の先には、俺の足と腹を椅子に固定して縛り付ける縄のようなものがあった。
「ハハハハ……なに、これ。なんで俺、縛られてんの?もしかして、ルナの奴がいたずらでもしちゃったのかなぁ?」
何が起きているのか全く理解できず、不安から足がガクガクと震え始める。部屋の中を確認しようと辺りを見回すと、前方に窓ガラスが見えた。その先には漆黒に染められた空と、小さく輝く星々が見える。
「お、おかしいなぁ!なんで誰も迎えに来ないのかなぁ!おーい、ルナ!もう悪戯はやめなさーい!昼間の件は俺も悪かったからさぁ!」
きっと俺がルナを煽るような発言をしたのが気に食わなかったんだ。それでお灸をすえるつもりでこんなことをしたに決まってる。いや、むしろそうじゃないと俺が困る。
だがそんな願いも空しく、俺が何度叫ぼうともルナがやってくることは無かった。
「はぁ……だめか。仕方ない。何とかして自力で屋敷に帰ろう」
諦めて縄を引きちぎろうとしたその時、壁の向こう側から足音が聞こえてきた。一瞬ルナが来てくれたのかと思い声を上げようとする。しかし、足音の間隔がいつもと違うことに気づき、俺は咄嗟に口を閉じた。
扉が開き、暗闇の中から人の姿が現れる。その人間の姿に俺は思わず目を見開いた。見覚えのあるガチムチヤクザみたいな風貌。その男が俺を睨みつけながらニヤリと笑みを浮かべた。
「よぉ領主様……ご機嫌はどうだい?ぐっすりと眠ってたみたいじゃねぇか」
「あんたは、昼間の冒険者じゃないか!一体これは何の真似だ!」
俺がフランツを睨みつけながら問いかけると、奴は俺の胸倉を掴みながら声を荒げて見せる。
「決まってんじゃねぇか!お前みたいなクソガキに、キツイお灸をすえてやるんだよ!自分がどれだけひでぇことしたのか、身をもって味わいやがれ!」
「なんだと!そんな事の為に俺を誘拐したってのか!ふざけるんじゃない!」
「はっ!好きに吠えてるといい!後からピーピー泣いても止めやしねぇからな!」
俺の胸から手を離すと、フランツは後ろに立っていた仲間にぼそぼそと声をかけ始めた。そのままフランツを残し、仲間達は外に出て行ってしまう。どうやら俺に拷問を行うのはフランツ一人のようだ。
部屋の隅に置かれていた机の上に、見たことも無い武器を並べていくフランツ。その背中を見ていると、俺の頭の中に一つの疑問が浮かんできた。
彼等はどうやって俺を誘拐したのかという点だ。
「な、なぁ!一つだけ聞きたいことが有るんだが、どうやって俺を誘拐したんだ?屋敷には賊が侵入できないように結界を張ってあったはずだぞ?」
俺の言葉にフランツの動きが止まる。振り返ったフランツの顔は、満面の笑みに染まっていた。奴の顔を見て、何か物凄い方法があったのかと想像を膨らませていく。
しかし、フランツの口から出た内容は、その想像をはるかに上回るものだった。
「冥途の土産に教えてやる。俺達があんたをここに連れてこれたのは……全部アンタの所のメイドのお蔭さ!」
「……は???メイドだと!?そんな馬鹿な……誰が俺を裏切ったって言うんだ!」
フランツの言葉に俺は動揺を隠すことが出来ない。メイド達が俺を裏切るだなんて、1㎜も想像していなかった。誰が裏切ったのか、その検討すらつかない。
慌てふためく俺に対し、フランツは上機嫌になってぺらぺらと話し始めた。
「俺達が屋敷に忍び込もうとしたところに、アンタを背負ったあのメイドがやって来たんだ。あのメイド、『アルス様もきっと、貴方達に捕らえられることを望まれると思います』とか意味わかんないこと言ってたぜぇ!アンタは仲間にも見捨てられたんだよ!ざまぁねぇな!!」
真実を告げたフランツは、高らかに笑い声をあげながら再び机の方へと体を向けた。カチャカチャと金属音が響き始める。
武器をこちらにチラチラと見せつける様に手に取っていくフランツ。俺の恐怖心を仰ごうとしているのだろうが、俺はフランツに意識をさいている余裕はなかった。
(ルナかぁぁぁ、あのバカ野郎!何が俺の事は全て分かってますだよ!!確かに、悪徳領主はこういう奴らに捕まって裁かれるかもしれないよ?でもそれは最後じゃん!こんな序盤じゃないじゃん!もうちょっと考えてくれよ!!)
あのど天然メイドのお蔭で死地に立たされることになるとは思いもよらなかった。正直天然だったとしても、王子を誘拐させるなんて馬鹿にもほどがある。
しかし、ルナが今回の件に関与しているという事を知れただけで安心できた。彼女が俺を殺させるはずが無い。という事は、今もこの場所の近くに潜んでいるのだろう。
(まてよ?逆に命の保証が取れたんだ。だったらここで悪徳領主っぽく振舞って、更に悪評を広めるのもありなんじゃないか?ルナはそれを見越していたとか……いやそれは無いか)
そんな二手先まで考えられるようなメイドではないことは確かだ。だがこの状況をプラスに働かせてこそ、悪徳領主というもの。ここはルナのパスでビックゴールを決めるとするか。
「ま、待ちたまえ!!確か君はフランツと言ったね!?どうだねフランツ君!いくら欲しいんだ?言い値を君に払おうじゃないか!」
「ああ?……金どうこうの話しじゃねぇんだよ。俺はアンタの腐った性根が許せねぇって言ってんだ。アンタみたいのが王にでもなった日にゃ、この国は終わる。その前に、俺がアンタを終わらせる!」
「ひぃぃ!止めてくれぇ!何でもする!子供達も解放するし、なんなら父上達に今回の件を訴えてくれて構わない!そうすれば、私が王になることは無いだろう?だから命だけは助けてくれぇ!」
涙を流しながらフランツに訴えかける俺の迫真の演技によって、フランツの表情が一瞬揺らぐ。いくら鬼畜のゴミ糞王子と言えど、彼から見れば俺は子供なのだからそうなるのも当然だ。
彼のような性根の優しい人間だからこそ、俺みたいなクズ人間を殺すことにも躊躇する。
だが誰かが汚れ役を担わなければならない。フランツはそれが分かっているから、その役目を引き受けたのだ。
まるで前世の俺が、山内が彼女とのデートに遅れないよう、仕事を引き受けた時と同じように。
「ふん……今更おせぇよ。あの世で後悔するんだな」
フランツは目を背けながらそう口にすると、手に持った武器を振り上げた。
「うわぁぁぁ待ってくれぇ!助けてくれぇぇ!殺されるぅぅぅ!」
俺は叫びながら、部屋の窓へと目を向ける。ルナにこの声が聞こえてるはず。きっと直ぐにでもルナがやって来て、フランツをボコボコにすることだろう。その後で、俺はこの男が殺されないよう、段取りを取らねばならない。
だが何故か、ルナの姿は見えない。その間にも、フランツの覚悟が決まろうとしていた。
「……ふぅ。俺がやらなきゃいけないんだ。俺が……」
「ルナ!?おい、ルナ!!マジでヤバいぞ!!早く助けろって!!」
「うぉぉぉ!」
フランツが覚悟を決め、雄叫びをあげながら武器が振り下ろされる。最早これまでかと思われた瞬間──
「ギャァァ!!」
部屋の外から男の叫び声が聞こえてきた。その声にフランツの手が止まる。
「な、なんだ、どうした!おい、ユーリ、ファトマ!クソ!見張りは一体何してやがる!」
フランツは俺に背を向けると、部屋の外へと飛び出していった。そしてすぐに、フランツの悲鳴が上がり、外は静けさを取り戻す。ルナが仲間を含めた全員を気絶させたのだろう。
俺はやっと助けが来たことに安堵し、自力で縄を引きちぎって部屋の外へと出ていく。部屋の外は木々に囲まれていた。どうやらここは何処かの森にある小屋のような場所らしい。
「おい、ルナ!流石にこれはやりすぎだって!小便どころかうんこ漏らすところだったぞ!」
凝り固まった体をほぐしながら暗闇に向かって叫ぶ。しかし、ルナの声は返って来ない。
かわりに暗闇から現れたのは、黒装束に身を包んだ二つの何か。その手には血で汚れた細い剣が握られている。フランツを襲ったのはルナではなく、目の前にいる二人だったのだ。
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