第21話 最高の演技の代償

 アンヌとカイルに謝罪をした後、俺達は軽いティータイムを過ごした。それが終わると、ビッグボアの死体を縄で縛りあげ、馬車に乗ってハルスの街へ帰還する。


 街の入り口付近に到着したタイミングでアンヌとカイルを馬車から降ろす。最後にビッグボアの死体を二人に持たせ準備は完了した。


「いいか、カイルにアンヌ。ここから先は二人の演技力にかかってる!最高の演技を俺に見せてくれ!」

「はい!任せてください!」


 二人は力強く返事をすると、ビッグボアの死体を縛っていたロープを握って引きずり始めた。ズリズリと音を立てながら、少しずつ前に進んでいく。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 息を荒げ額に汗を滲ませるカイル。まさに主演男優賞張りの演技に思わず涙が零れそうになる。がしかし──


「うーーーん、重いなぁ!すっごく重いよぉ!こんな重くちゃ運べないよぉ!」


 カイルの反対側で大根役者のように振舞うアンヌ。もうなんというか、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいに酷い演技だ。あのまま街の中に入られたら、大道芸でもしてるんじゃないかと思われかねない。


「しょうがないな。少し我慢してくれよ……『重量操作グラビティ』」


 俺がアンヌに向けて魔法を放つと、彼女は驚いたように目を丸くした。ビッグボアの死体を軽くするためにかけた魔法。それをアンヌには真逆の効果が発揮されるようにしたのだ。


自分の身に起きた変化に気づいたのか、その原因であろう俺の方に顔を向けて口をパクパクしている。


(アルス様!本当に重くなった気がするんですけど!)

「はははは!しっかり運べよ奴隷達!それはこの俺が仕留めたビッグボアなのだからなぁ!」


 アンヌの訴えを無視するように声を上げる。それで彼女も察したのか、必死になって引きずり始めた。大分真剣な表情になったアンヌを見て俺は安堵の息をはいた。


 そのまま街中へと進んでいき、冒険者協会の前までやって来た。道中二人を助けようとする人達が数人居たが、馬車を見るなり逃げるように去っていく。馬車に描かれた紋章を見て、手を出してはいけないと察したのだろう。


 つまり、鬼畜の所業をさせた張本人が俺だという事は伝わったはず。


「くっくっく。さぁ仕上げといこうじゃないか!お前達、私についてくるがいい!」


 憎たらし気な笑みを浮かべながら、協会の扉を勢いよく開く。一仕事を終えた冒険者達が酒を飲んでいたのか、いつにもまして酒の匂いが充満している。いつもなら鼻をつまむしぐさの一つでもしてやるのだが、今日はそれをやる必要は無い。


「魔獣討伐の報告に来てやったぞ!が私の倒したビッグボアだ!見るがいい!」


 その言葉につられて、冒険者達の視線が俺の背後へと移る。その直後、彼等の瞳が怒りの籠ったものに変わった。


 俺は満足そうに鼻を鳴らしながら受付へと歩いていく。


「魔獣を倒して来てやったぞ!さぁ報酬を渡すがいい!」

「あ、ありがとうございます……こちらが報酬になりますので、ご確認ください」


 突然の出来事に受付の女性は顔を引きつらせながら、カウンターの上に銀貨を四枚のせた。事前に確認していた報酬額と同じ。この世界で初めて、自分で働いて手に入れたお金だ。


 思わず喜びそうになるのを堪え、俺は女性を睨みつけながらカウンターを思い切り叩いた。


「何だこれは!ビッグボア討伐の報酬が、たった銀貨四枚だと!?この私が倒してやったというのに、なんだこの額は!!」

「も、申し訳ございません!報酬は誰であろうと全員平等と決まっているのです!」

「ちぃ!これだから冒険者共は気に食わんのだ!お前達、さっさとそのゴミを置いて帰るぞ!」


 冒険者達を馬鹿にしつつも、守銭奴らしくしっかりと銀貨を回収していく。こういった細かいところで、悪徳領主としての器に差が出ていくのだ。


 俺が教会の出口に向かって歩き始めたのを見て、アンヌとカイルは言われた通りにビッグボアの死体から手を離した。そのあとに申し訳なさそうに周囲の冒険者へと頭を下げる二人。


 その様子を黙って見ていた冒険者達だったが、あの男だけは違っていた。


 鼻息を荒げながら俺の目の前にやってくると、黙ったまま俺を睨みつけてきたのだ。


「はぁ、またお前か。今度は何のようだ?ビッグボアを倒した私に、謝罪の一つでもしようというのか?」

「おい!!あの子達はなんでボロボロなんだ!なんでアンタは傷一つ無いんだ!どうやってビッグボアを倒したんだ!」


 フランツはそう叫びながらカイルとアンヌの方を指さす。二人は一瞬だけ嬉しそうに笑みを浮かべた。自分達のカモフラージュが上手くいったことで喜んだのかもしれない。だがその直後、申し訳なさそうにフランツから顔を背けた。多分、自分達のために怒ってくれている人を騙している罪悪感からくるものだろう。


 だがフランツにはそう見えなかったらしい。俺が真実を言えないよう、脅している風に見えたのか、より一層怒りをあらわにして、息を荒げている。


「そんなこと決まっているだろう?私がこの剣で切り裂いただけの事だ!……その間、あの者達が自らの意思で私を守ってくれただけ。そこに何か問題でもあるのか?」

「……ねぇよ!」

「ふん!ならさっさとそこをどけ!私は忙しいんだ!行くぞお前達!」


 フランツを煽るだけ煽りちらし、二人を引き連れて外へと出ていく。扉が閉まると、中から激しい物音と俺を罵倒する声が聞こえてきた。


 その声に驚き、心配そうに俺の方を見るカイルとアンヌ。二人には俺がこんなことをするのは、全て領地のためになるからだと嘘をついている。二人から見れば、領地の為に自分の身を犠牲にしている王子にしか見えないだろう。


「アルス様……大丈夫ですか?私達はアルス様のこと、分かっていますからね!」


 アンヌの純粋無垢な瞳に見つめられ、俺の心はズキズキと激しい痛みに襲われた。まさか自分の欲望の為に、こんな非道をしていると知ったら、二人はどう思うだろうか。


「ありがとう、二人共。俺も精一杯頑張るよ」


 全力の作り笑いで二人を安心させることしか今の俺にはできない。


 俺はこうして無事に、悪徳領主として悪評を広めることに成功した。その安堵から、その日は深い深い眠りについたのだ。


 そして翌朝──


「どこだ、ここ……」


 俺は知らない場所で目を覚ました。

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