第18話 新居から見える景色

 俺たちは新居が決まるとすぐに引っ越しをするために片付けを始めた。


 元々荷物の少ない俺と、食器や衣類だけを持っていけばいいスミレさん。

 食器を俺が新聞紙で包み、鍋や調味料を段ボールに詰める。

 衣類や細々とした物はスミレさんが、まとめてもらうことで片付けはすぐに終えることができた。


 使わないと判断した物は捨てて、スミレさんが気に入っている物だけを持っていく。スミレさんはあまり多くの荷物を持っていないので、一日で片付けが終わってしまった。


「スミレさんも荷物があまりないんですね」

「そうですか? ダンボール十個ほどにはなりましたよ」


 お一人様プランで運べるということで、二日目には新居に引っ越すことができた。一ヶ月分の家賃で済んだことは申し訳なさが減ってありがたい。

 

 新居の間取りは2LDKで、玄関を入ってすぐの右手に一部屋があり、そこをスミレさんの寝室としてもらった。


 玄関を入って廊下をまっすぐ抜けると、リビングが広がっていて、右にダイニングとカウンターキッチンが広がっていて、左手にある6畳ほどの部屋を俺の寝室兼仕事部屋として借りることになった。


 これで心置きなく、お互いに眠ることができる。


 あれからも睡眠薬を飲んでから寝るようにして、スミレさんに気を使わせないようにしている。


 だけど、これからは睡眠薬を飲まないでゆっくり自分のベッドで眠ることができる。ちなみにスミレさんの部屋のベッドはダブルベッドなので、今までよりもゆったりと眠れるようになったはずだ。


 今までは苦労をかけた分、ゆっくり寝てほしい。

 

 あとは仕事を見つけて、家賃や光熱費などの生活費を賄えるようになって社会復帰ができら、スミレさんに聞きたいことがある。


「片付け終わりました」

「お疲れ様です」


 引っ越し屋さんが帰った後も服や食器を全てスミレさんが片付けてくれた。

 何か手伝うことはないかと聞いたのだが、俺の荷物も届くので問題ないと言われてしまった。


 俺も家電量販店から届いた絵を描くためのモニターを設置した。

 

 服は、スミレさんが買ってきてくれた物で賄えるが、ネットも繋がっているマンションだったので、自分の銀行カードからの引き落としでネットショップから購入もできるようになった。


「ヨウイチさんも全て終わったんですか?」

「はい。モニターとパソコンやスマホのWi-Fiは繋げてきました」

「お疲れ様です。お昼も抜きだったのでお腹が空きましたね。引っ越しお蕎麦にしましょう」

「えっ? 作るのですか? ウーバーか食べに行ってもいいと思いますが」

「私の作る物は嫌ですか?」

「あっ、いえ全然嬉しいですけど、疲れてませんか?」

「大丈夫ですから、少しお待ちください」


 そういって、自分の部屋に戻ったスミレさんは、メイド衣装に着替えて戻ってきた。この家でもメイド服姿は継続なんですね。


 台所に向かわないで、俺の元へとやってくるスミレさん。


 後に回って俺の肩に手を置いた。


「すぐにできますから、テレビでも見ていてくださいね」


 ゾクっとするような耳元での囁き。


 二週間が過ぎたことで、明日は包帯を取りに行くことも決まっている。


 新居にやってきて、左腕が自由になったとき、俺は全てが解放されるような気がする。


 ふと、スミレさんを見れば、本日は生足メイドさんでした。


 ちょっとだけ急いで着替えたのですね。

 わかります! もう、最高です!


「お待たせしました」

「凄いですね」


 あるものだけで作ったとは思えない出来栄えです。

 

 ドンブリからお出汁の香りが立ち込めて、竹輪の天ぷらと軽く煮卵にネギが添えられて、見たこともない組み合わせですが、食べると美味しいです


「引っ越しする前に保存しておいた煮卵が使えました」

「凄く美味しいです。少し涼しくなってきましたからね。こういう暖かい物が美味しく感じます」


 二人でお蕎麦を食べて、スミレさんが片付けてくれている間に、マンションのベランダに出ました。

 前回のお部屋は2階だったのですが今回のお部屋は30階なので、東京の街が少しだけ一望できます。タワマンとかではないのですが、少し都心から離れていて静かな高層マンションから見る景色が綺麗です。


「本当ですね。外は風が冷たいです」


 そういって俺を後ろから抱きしめるスミレさん。


 えっと、俺の背中はマグマのように熱いです。

 あなたが抱きしめた胸の当たっている場所に全神経が集中して、もうそこ以外に何も考えられないです。


「そっ、そうですね」

「でも、ヨウイチさんにひっついていると温かいです」

「グハッ!」


 どれだけ可愛いんですか? 俺を幸せ死させるつもりですか? 一回りも若い女性からオジサンに引っ付くのは幸福でしかありませんが、正直犯罪者にならないかこっちは必死です。


「ねぇ、ヨウイチさん」

「はい?」

「昨日までは、一緒のベッドで寝ていたので、今日から一人は寂しいです。今日もベッドに潜りに行ってもいいですか?」


 えっ! それカミングアウトしていいやつですか? 気づかないふりをしていたんですが? もうOKな感じですか?


「もっもちろんです。あれだけ怖いことがあったんですから、不安に思うのが普通です」


 今日も睡眠薬を飲むこと決定だな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る