第一章 価値観

「やっ、やっぱり遠野さんが・・・・・」


 


ビルが立ち並ぶ並木道で亜理紗が一人で前を歩いていた御神に声を掛けた。




「ああ、あれから安藤警部に頼んで遠野さんの所在を調べて貰ったのだけど、皆目で連絡が付かないらしい。やはりあの人が影の共犯者Yだったって事だ」




「あの良い人そうな人が・・・・・」


 


亜理紗が信じられないと言った顔をしている。




「ああ、でもそれが彼の裏の顔だったという事だよ。・・・・・安藤警部に頼んでマスコミにはまだ公表しないで、今、殺人の容疑で全国の警察に指名手配して貰っている」




「でも、彼ら影の共犯者達って、知っていてこんな事をしたんだよね。世の中本当にどうかしちゃっているわよ」




「ああ・・・・・そして、やはり、安藤警部からの連絡で山光興業から今川さんにヘッドハンティングの話がなかったという事はこれも影の共犯者が垂れ流した巷説と考えて良いだろう・・・・・」




「おはよう、亜理沙、御神君」


 


妙子が前方を歩く御神と亜理紗を見付け声を掛けた。




「あっ、おはよう妙子」




「おはよう」




妙子はあの事件から二週間が経ち、ようやく元気になった。




しかし、御神と亜理沙は妙子にツインホテルの事件の真の首謀者が山鍋と遠野だという事を告げていない。




二人はそれまで真剣だった表情を和らげた。




「明後日から期末テストだね。勉強している?」


 


亜理紗が話題をテストの事に変えた。




「まぁ、ボチボチかな」


 


妙子の表情は笑顔だ。




「蓮司は?」




「まぁ、それなりには」




「それなり?蓮司がそれなりという事は上位確実じゃないって事じゃない」




「そんな事ないよ」




「どう思う妙子?」




「えっと、私は二人共上位だと思うから、羨ましいよ」




「えっ、あっ、蓮司は兎も角、私はそんな事ないよ」




「逆にムカつく」




「あっ、御免」




「ふふ、いいよ。それより早く行かないと遅刻しちゃうよ」


 


妙子が笑顔でそう催促した。




二人の表情はどこか浮かばないが、妙子は笑顔のままで、歩くスピードを速め、二人はその後を付いて行った。








秀明館高校前。




「おい、秋山妙子と生徒会長が御神と一緒に登校しているぞ」




「ああ、やっぱりイケメンに取られたか、公認二股か?」


 


二人組が御神を妬んだ。




「今、何か視線を感じなかったか?」


 


御神がそう二人に聞いた。




「どうせ、妙子の追っかけでしょう」


 


亜理紗がそう言って、三人は教室に向かったが、三人の後ろに秀明館高校の制服ではない、ある男がその後ろ姿を見つめている事に三人共、気付いていなかった。




七月十日、今日は秀明館高校の全生徒が安堵した表情を浮かべる日だ。




何故なら、全学年期末テストが終了する日だからである。




「どうだった、妙子?」




「うーん、あんまり自信ないな」




妙子の表情は暗い。




「蓮司は?」




「まぁ、それなりには自信があると思うかな」




「じゃぁ、また負けたわね」


 


亜理紗がそう宣言した。








放課後。




「今日は巨人対ヤクルトか」


 


半藤が席でクラスメイトの上野と会話していた。




「野球の話?」


 


亜理紗が割り込んだ。隣には妙子がいる。




「ああ、そうだよ」


 


僕は教科書を見ている振りをして会話を盗み聞きした。




「貴新ってそう言えば野球好きだったわね」




「ああ」




「でもやってないんだよね」




「ああ、背も170cmちょっとだしちょっとスポーツするには不利だしな。それに俺はやるより観る方が好きなの」




「そう言って、やる気概がないだけじゃないの?」




「何だと!」




「私立の部活はどの部活も大変だから仕方がないよ」


 


御神が仲裁に入った。




「そうね。私立は部活に力を入れている所が多いし、種類が多いから、大変よね。一般的な公立高校を含め、どこにでもある部活といえば野球、サッカー、バスケットボール、バレーボール位だね」




「そうだな」


 


御神がそう答えた。




「やっぱり何だかんだ言ってもサッカーが一番面白いよね」


 


亜理紗がそう主張した。




「いや、野球の方が確かな数字があるから野球が一番面白いに決まっている」


 


半藤が反論した。




「いや、サッカーの方が戦術面の知的ゲームでしょう」


 


半藤と亜理紗のバトルが唐突に勃発した。




「どうせ女は○○選手カッコイイと位にしか思っていないだろ」




「そんな、ミーハー気分な訳ないじゃん」




「御神はどっちなんだ?」




「俺はどのスポーツも面白いと思うよ」




「何だ、スポーツに興味があったのか?」




「うーん興味というよりは、知識の一部としてあるのかな」




「ふーん、蓮司、スポーツ詳しいんだ?」




「俺は別にどのスポーツが特別好きという訳でもないし、どこのファンでもないんだ。ただ、スポーツを観るのが好きという人達が多いし、皆と仲良くしたいから、共通の話題を見つける為に調べたり、知識を身に付けているだけだよ」




「そうなんだ。・・・・・なぁ、テストも終わった事だし帰りにファミレス寄ってかね?」


 


半藤が唐突にそう提案した。




「良いね。賛成」


 


亜理紗がその提案に乗った。




「皆は?」


 


亜理紗がそう周りにいる者達にそう訊いた。




「じゃ、お供させて頂きますか?」


 


御神がそれに乗った。




「私も行こっかな」


 


妙子も乗り気だ。




「宮内君は?」


 


亜理沙が宮内に訊いた。




「俺は 用事があるから遠慮しておくよ」 




「あっ、そう残念。三堂君はどう?」


 


僕も誘ってくれた。




そんな事一か月前なら有り得ない事だ。




「行こう、三堂。今度何か奢らせてって約束を守らせてよ」


 


覚えていたのか。あの時の約束を。




「そんな約束したのか?」


 


半藤君が会話に入り込んだ。




「ああ」




「じゃぁっ、行きたいです」




「じゃぁ、いつものファミレスに行こう」


 


半藤がそう催促した。




「賛成」


 


亜理紗を始め、他の三人もそれに同意した。


 


あの事件以来、全員が何か一つに結束した気がした。




こんなに心が清々しい想いをしたのは初めてだ。




今、初めて友達というものがどういうものかと実感している。




このままの関係が卒業まで続いて欲しい。








御神、亜理沙、妙子、半藤、三堂の五人は学校の近くのファミリーレストランへ向かっている。




「御神はテストどうだったんだ?どうせ今回も良いんだろ」




 半藤が御神にテストの出来を訊いた。




「まぁまぁかな」




「お前のまぁまぁは俺にとってはとても良いだがな」




「確かに。・・・・・いえ、とても良い位じゃないかな?」




「何だと!亜理紗!」




半藤君と大谷さんのいつもの痴話喧嘩を僕は見て見ぬ振りをした。


 


御神達はお目当てのファミレーレストランに到着した。




外から店の中を見ると客は会社員、男連れ、家族、学生で混み合っている事が判る。




五人が店の中に入り、店員に案内され、席に着いた。




「さーて、何食おっかな」


 


半藤がそう言いながらメニューを手に取り、目を通した。




「妙子、何にする?」




亜理紗もメニューを手に取り、妙子も見えるように広げた。




「俺、きーめた。ほらよ、御神、三堂」


 


半藤がメニューを御神に渡した。






5分後、全員注文も終わり、御神達は雑談していた。




「半藤、そのブレスレッドは何だ?いつもは身に着けてはいないじゃないか」


 


御神が半藤の手首に付けてある天然石で出来た群青色のブレスレッドについて疑点を持った。




「ああ、これか。これは前に亜理紗と秋山さんで買ったお揃いのブレスレッドだ。まぁ、今日は何となく着けて来ただけだよ」




「へー、いつの間に」




「三人共色違い何だよ」




妙子がそう補足した。




「なぁ、御神も仲間になったから、また、皆でお揃いの何か買わないか?」


 


半藤がそう提案した。




「そうね。それいいかも」


 


亜理紗もそれに乗り気だ。


 


僕もそれに含まれているのか?




いや、含まれていなくてもガッカリはしない。




「三堂君も買おうね」


 


亜理紗が三堂にそう促した。




「・・・・・えっ、あっ、はい」


 


嬉しいというよりも最初は戸惑った。




僕はもうこのグループのメンバーの一派な一員なのか?




だんだん、じわじわと嬉しさが込みあげて来た。




暫くし、御神達は運ばれて来た料理を食べていた。




御神がふとスマホを見た。




「えっ・・・・・」




「どうしんた?御神」




「えっ、ああ、亜理紗、ちょっと来てくれないか?」




「えっ、何よ」


 


そう言って二人は席を立った。




僕は御神君の反応を見て、何かただならない不吉な予感がした。




半藤君も秋山さんもそんな様な感じだ。




「どうした、御神?」




「うん、何でもない」




「なんでもないって事ないだろ」




「取り敢えず後で話す」




 そう言って、大谷さんと御神君は店の外へ出て行った。




「どうしたの?蓮司」




「亜理紗・・・・・今、安藤警部から山鍋社長が遺体で発見されたというメールが来た」




御神が声を震わせながら答えた。




「なっ、なんだって!・・・・・」




「俺の推理が正しければ、恐らく、山鍋社長は殺害されたんだ」




「えっ、どういう事・・・・・?」




亜理紗が声を震わせながら訊いた。




「あのツインホテルの事件の真相は山鍋社長が黒幕で終わりではなく、まだ続いていたという事だ」




「えっ、どういう事・・・・・?」




 


亜理紗が今度は驚きながら同じセリフを繰り返した。




「あのツインホテルの四つの事件までの黒幕は山鍋社長で、あの事件にはまだもう一つの事件があり、それは山鍋社長を殺害する事だったんだ。つまり、それもあの誇大な事件の当初から計画の一部で、あのツインホテルの事件は最初から五つの事件で構成されていたという事だ」




「えっ、じゃぁ、やっ、山鍋社長は元々影の共犯者に利用されていたという事なの?」




「ああ、恐らくそうだ。そして、山鍋社長を殺害したのはおそらく遠野さんかもう一人の影の共犯者だろう」




「だけど、影の共犯者達は何故山鍋社長を・・・・・いや、影の共犯者に山鍋社長殺害を依頼した人物がいるって事かしら?」




「ああ、その殺害依頼の理由で考えられる人物は二通りだ。一、前々から山鍋社長に対して私念を抱いていた人物。二、山鍋社長が死んで今後、自分に有益が働く人物。大企業の社長となると立場的に他人から恨みを買われる可能性が大きくなる。しかし、俺の目が確かなら俺の知っている山鍋社長はそんな人格の持ち主ではない。よって、影の共犯者に山鍋社長殺害を依頼した人物はパターン二のこの状況で山鍋社長に死ぬ事によって、一番得をする人物だ。そして、俺の推測と勘が正しければその依頼者は恐らく・・・・・笹野誠だ」




「・・・・・えっ・・・・・」




 亜理沙が呆然としている。声を発せない。




「あっ、あのーすみません、君、御神蓮司君ですよね?」




亜理紗が唖然としている中、唐突に真剣な表情の御神に見知らぬ男が声を掛けて来た。




「そうですが、貴方は・・・・・・?」




「あっ、あのー、僕を助けて頂けませんか?」




 男は御神から目線を逸らして見つめそう放った。

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