第3話

 会議室の大画面に映し出されたのは、地球の研究チームからの報告だった。その内容に、リナは目を疑った。画面には緻密なデータと共に火星の鉱石生命体についての新たな情報がまとめられていた。

「我々はこの鉱石生命体について重大な予測をしました。彼らはかつて文明を築き、そして崩壊していたのです。原因は――」報告を読む科学者の声は重く、言葉を選びながら続けられた。「量子レベルでのエネルギーの不均衡。つまり、彼ら自身がかつて持っていた〈直観力〉に近い力によって引き起こされた可能性が高いのです」

 リナの心が重くなった。地球の科学者はさらに報告を続けているが、難解な専門用語が連続していることもあり、うまく頭に入ってこない。

〈直観力〉、それは女子高生ならだれもが持つ力。鉱石生命体も同じ力を持っていた……?

「この予測は大規模な〈直観力〉調査を用いてまとめられた内容です。科学的裏付けはとれていませんが、地球全土の女子高生が口を揃えて同じ予測を立てていることから、おそらく、ほぼ間違いない事実でしょう」

 会議室は沈黙に包まれた。全てのクルーがその報告の重大性を理解し、なにを言っていいのかわからない状況だった。

 リナは一人で考え込んでいた。鉱石生命体は今でこそただの石のように転がっているだけだが、かつて文明を持っていたのだとしたら、その頃は今よりももう少し生物らしい振る舞いをしていたのだろうか。もし本当に〈直観力〉が文明を崩壊させる力であるなら、私たちはどうなるのだろう。〈直観力〉は自然と感じてしまう心そのものなので、その能力を使うなと言われたところで制御のしようがない。もし人類が鉱石生命体と同じ文明崩壊を起こさないよう対策を講じるのなら、女子高生も石のようになるのだろうか。

「大丈夫だよ、リナ」

 なにを察したのか、ユキがリナの頭を撫でた。

「女子高生はそのままでいい。女子高生が世界を滅ぼすのであれば、世界はたぶんそれを受け入れる。むしろ世界は女子高生のためなら滅んだっていいくらい」

 ありがとうございますとリナは答えたが、複雑な思いはぬぐえなかった。

 翌日、リナは基地の自室にこもっていた。外のフロアからは、ユキや他のクルーがなにか新しい研究を模索している雰囲気が伝わってくる。しかし、リナ自身はなにをすべきか分からなくなっていた。部屋の隅に設置された旧型のパソコンを起動させると、未読のメッセージがいくつかあることに気づいた。政府や地球研究チームからの連絡や報告がその多くを占めている。しかしその中に一つだけ、マユからのメッセージが入っていた。縋るようにして、リナはメッセージを開いた。

『リナ、元気してる? こっちでは毎日リナのニュースが流れてるよ。みんながリナを応援している。私もそう。だけど、もしリナがなにかで悩んでいたら、これを読んでほしいな』

 メッセージには長文が続いていた。マユの言葉はいつも通り優しく、なにかを強いることもなく、ただリナを理解しようとしていた。

『〈直観力〉って、すごく特別なものだと思う。でも私たち女子高生はそれが全てじゃないよね。リナがリナである理由は、その力だけじゃない。リナが火星でなにをしたいのか、しっかりと考えてみて。難しいことは大人の人に任せればいいよ』

 そのメッセージにリナの心が温まる。

 ありがとう、マユ。そうだよね。今ここで〈直観力〉について悩んだところで私にはなにもできない。それは地球にいる偉い人たちが考えればいい。今の私は、もっと鉱石生命体のことを知りたい。文明を失い、〈直観力〉を手放し、それでもなにかを発信しようとしている彼らの言葉を私は知りたい。リナはそう思った勢いのまま、ユキの個室を訪ねた。

「ユキ先生。私も解析に参加させてください。もしかしたら、この方法なら……彼らがなにを言っているのかわかるかもしれない」

 ユキは「待ってました!」とリナの参加を喜んで歓迎した。「私たちの知識とあなたの〈直観力〉! この二つが揃えばきっと彼らが輝く理由を解明することができると思う」

 そして彼女はリナの手を引いて、様々な角度から石の色彩変化の意味を探ろうとしている研究室へと移動した。モニターには難解なグラフや数式が描かれ、絶え間なく動いている。ある意味で石の輝きよりも意味不明なそれらの情報だが、ここにいる人たちはみなそれを理解している天才たちだ。

「もしかしたら彼らは文明が滅んだその歴史を語っているのかもしれない」

「いや、これは人類へ警告しているんだ」

「あるいは〈直観力〉による文明崩壊を人類が避けるためのヒントを訴えている可能性もある」

 天才たちは口々に持論を展開し、そしてその輪の中に入ってきたリナに注目した。リナは深呼吸をして緊張する気持ちを整え、ゆっくりと言った。

「私の〈直観力〉を使って、彼らの〈直観力〉に干渉してみます。つまり、自分とこの石の思考をシンクロさせられないかなって思ってます。もし成功すれば、この石が持つメッセージを直接感じ取ることができるはずです」

 おぉ……と研究室が騒めいた。

 石を拾った時の立ちくらみ。あれはきっと、〈直感力〉同士の干渉によって起こったものだ。

「つまり、こういうことですね」とユキが解説する。リナが提案したものは、専門的に言うと『〈直観力〉のもつれを同期させた量子テレポーテーション』に該当するのだという。量子は二つ以上の粒子が特定の状態にあると互いに状態が同期するもつれ現象が発生する。それはリナが持つ〈直観力〉と石の〈直観力〉の同期を試みることで、二つの〈直観力〉を量子におけるもつれ状態を再現させるというのだ。これが成功すれば、リナは石が持つ情報や意識を直接感じ取ることができるようになる。

 研究室は静まり返っていた。なぜなら、逆を言えばリナの意識が鉱石生命体に乗っ取られてしまう可能性も否定できないからだ。

「それでもやるの?」

「はい。きっと大丈夫です」

 口ではそう言いながらも、リナの手は震えた。なんらかの解析機に置かれた石を手に持ち、それを撫でながら、リナは重大な使命をその小さな肩に背負っていることを自覚した。この鉱石生命体とのファーストコンタクトが、人類全体の運命を左右するかもしれない。

「リナちゃん、がんばってね」

 リナは頷いて目を閉じ、〈直観力〉を高めるために集中する。リナの〈直観力〉は、まるで遠くの星に繋がる細い糸のようだった。その糸をたどって、遥か彼方の知識、意識に触れようとしている。

「こんにちわ。私はリナ。あなたが語ろうとしていることを、私は聞きたいと思っています」

 心の中でそっと呟くと、一瞬、なにか違う感覚が、電撃のようにリナの脳裏を通り過ぎていった。空気がほんのりと温かくなり、その温かさがリナの心にも広がっていく。両手で包んだ石から発せられる微細な波動が、リナの〈直観力〉と優雅に融合していく。

「あなたたちの文明は崩壊してしまったと聞きました。〈直観力〉がもたらした混乱は、人類にとってきっと大きな教訓になるはずです。教えてください。あなたの名前と、記憶と、語ろうとしているすべてのことを」

 石の言葉を直感しようと、リナは深く集中する。心に思い浮かぶあらゆる直感はまだ自分自身の直感でしかない。直感は感じるものではあるが、自分で感じたいと思うものでもある。自分で制御できないようでいて、その直感は自分自身でそう望む発信ともとれる。そしてふとリナは気づいた。〈直観力〉によって崩壊した文明――それはつまり、だれか強力な〈直観力〉を持つ存在が、それを望んだから?

 女子高生は、ふとした瞬間になにかに気づくことがある。それは未来の出来事や他人の感情、さらには遠く離れた場所で起こっていることだったりする。しかしもしかしたら本当は、女子高生が直感したことを逆にこの世界が実現させているのかもしれない。

 恐ろしいことを直感し、リナは震えていた。これが鉱石生命体の〈直観力〉をシンクロさせた故の直感なのだろうか。……いや、違う。まだ石はなにも応えてくれていない。深く集中したために思いがけずたどり着いてしまった真理。私が触れたいのはこの石の声だ。心を乱されないよう強く気を保ち、リナは手のひらの上で石を撫でながら、再び彼の〈直観力〉探しに神経をとがらせる。そして、ついに石から微かな反応が感じられた。それは言葉とも音とも光ともつかない、ただひとつの感情のようなものだった。リナはその感情に集中し、自身の感覚に照らし合わせて言語化を試みる。そして大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐きだし、リナは目を開けた。

 静寂が広がる研究室。みなリナが口を開くのを待っている。

「鉱石生命体の〈直観力〉とのシンクロ、成功しました」

 リナがそう言うと、研究室は歓喜に満ち溢れた。ユキがリナの手を取り、鉱石生命体に意識が乗っ取られていないか確認する。リナは大丈夫ですと言って笑うが、どこか沈んだ気持ちだった。

「それで、この石はなんて言ってたの?」

 ユキが聞き、探索チーム全員がリナに注目する。いや、おそらく全世界がリナの言葉を待っている。手のひらには渦中の石があり、研究室の光を受けて輝いている。

「ちゃんと〈直観力〉を信じて、言葉にしてあげるんだよ」

 マユの声が聞こえる。

 リナの心の中にふわりと浮かんだ一言。

 それは石から届いた、切実な一言だった。

 勇気を出して、リナはその言葉を口にした。

「くすぐったい」

 困惑したような沈黙が研究室を包む。

「くすぐったいと、石は言っています」

 リナは言い切った。自分は悪くないのに冷や汗が流れ、どういうわけか死にたくなってくる。アホの子と思われていたらどうしよう。世界なんて滅んでしまえばいいのに。

 それからもしばらくの間、研究室は静まり返っていた。

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