直感女子高生

丸山弌

第1話

 二二世紀。

 科学が目覚ましい発展を遂げ続けていても、未だ解明できない現象は数多くあった。〈直観力〉と呼ばれる不思議な力もその一つだ。この力は、なぜか女子高生にだけ備わっていることがわかっている。〈直観力〉の大きさや強さは個人によって違いがあるものの、彼女らは昔から人知れずその能力を開花させ、そして人知れず失っていた。時折、女子高生が放つ言動やアイデアが突飛なのはそれが理由だった。科学者たちはこれを「量子エンタングルメントに似た現象」と呼び、その謎を解くために研究を続けている。

 リナは一六歳の女子高生。彼女も他の女子高生と同じように〈直観力〉を備えていた。しかしリナは〈直観力〉がなんなのか、あまり理解できずにいた。普段は学校で友達と楽しく過ごし、テストで良い点を取るために勉強する、ごく普通の高校生活を送っている。時折、ふとした瞬間になにかに気づくことがある。それは未来の出来事や他人の感情、さらには遠く離れた場所で起こっていることだったりするが、言葉では説明できないほどあいまいなものだった。他の子たちもそうなのかな、とリナは思うことがある。女子高生だけに備わっている〈直観力〉が発見されたのはまだ最近のこと。女子高生という全体の括りからすれば、今まで当たり前だったことに名前が付けられただけのことだ。

〝私はなにかを知っている〟

 そんな不確かな確信を胸に、健やかな日も病める日も今日を必死に生きている。

「リナ、今日のテストどうだった?」と隣に座るマユが聞いてきた。

「うーん、まあまあかな」リナは答えるが、その表情は少し曇っている。

「なにか気になることでもあるの?」マユはリナの表情を察したようにして、顔を覗き込んでくる。

「いや、別にないよ」

 リナは首を振ってその場をやり過ごそうとしたが、マユはなにかを感じ取っていた。

「なに? なになに?」

 マユがしつこく聞いてくる。

「やめて、くすぐったい」

 二人でじゃれあいながら笑いあう。

〝私はなにかを知っている〟

 それがなにか大きな出来事の予兆である可能性に、リナは漠然とした不安を感じていた。

 その日の放課後、リナとマユは公園のベンチに腰掛け、夕暮れ時の穏やかな風を感じながら、いつものように話をしていた。

「あ、綺麗な石」リナが公園に転がる石ころを拾い上げて、空にかざす。「見て。すごく白くて、光ると微妙に虹色」

「リナ。変なクセやめな。しゃがむときパンツ見えてたし」

「えへへ」

「あんた昔からそうだよね。石マニア?」

「ってわけでもないんだけど、なんか拾っちゃうよね」

「知らんし」

「ねえ、マユ」これまで笑いながら話していたリナが、唐突にまじめな顔をして口を開く。「この〈直観力〉って、どう思う?」

 マユは少しだけ考えた後、ゆっくりと答えた。

「うーん、知らない。女子高生特有の特別な力って言われても、結局はただの直感だし」

「うん、そうだね」リナは頷く。「でも、その直感のおかげで解決できることもたくさんあるよね」

「まぁね」とマユは微笑んだ。「とは言っても、直感を認識して明確にイメージしたり言語化したりするには知識も大切だからね。直観だけじゃなくて知識と組み合わせることで、ようやく活用できる能力だと思う。なんとなく感じてるままだと、なんとなくのまま消費してしまうだけの力」

 リナはその言葉に深くうなずいた。

「変なこと言っていい?」

 リナが聞くと、マユは笑った。

「君はいつも変なこと言ってるけど?」

「もう。そうじゃなくて」

「いいよ。なに?」

「火星」

「ん?」

「行くかも」

 夕暮れ時の公園に爽やかな風が流れていく。お互いの髪の毛がさらさらと待って、マユのシャンプーの良い香りがする。空を見上げると一番星が輝いていた。あれって火星だっけとリナが聞くと、え、土星とかじゃない? とマユが答える。というかマユは土星という星しか知らないらしい。

「もし本当にそうなりそうな時は、教えてよ」

「うん」

 そしてリナは帰ろっかと言い、マユが頷く。

 なんだか変な空気になってしまったなとリナは思っていた。やっぱり私が変なことを言ったからだ。あんなこと言わなきゃよかったな。そんな後悔は表情に出さず、二人は笑顔で手を振ってお別れした。

 リナの日常は平凡だった。リナが目覚めると、母はすでに仕事に出かけていた。父は何年も前からいない。一人で朝ごはんを食べ、制服に着替え、バス停まで歩き、学校に向かう。家庭環境は決して裕福ではないが、貧しいわけでもない。ただ、母は多忙で、家にいる時間が少ない。それでも母は、リナが将来なにかすごい人になる日を心待ちにしている。少なくとも、そういう気がする。

 この日、リナは教室で友達と談笑していた。

 すると徐に校内放送がリナを呼び、校長室に呼び出された。そこで校長先生から手渡された通知書を見ると『火星探査メンバーに選ばれました』と書かれていた。「え。意味がわからないんですけど……」

 混乱、困惑で頭がぐるぐるしていると、女子高生の〈直観力〉を求める機関は多いこと、宇宙開発の分野でもそれは例外でないことを校長は興奮気味に語り始めた。けれど、そんな内容はリナの頭に入ってこない。リナはすぐにマユにこのことを話したい気持ちだった。この件はすでに母も承知済みで、あとはリナが了承するだけだという。意思確認という名の説得を受けたリナは、校長に言われるがまま手早く諸々の手続きらしきものを終わらせ、校長室を飛び出して教室に向かった。マユは相変わらず友達と談笑中だ。その彼女の手を引いて、だれもいない図書館にまで連れてきた。

「ちょっとリナ。どした?」

「マユ。私、火星探査任務に選ばれた」

 マユはリナの言葉に驚き、そして「リナの直感やば」と、いつかの公園での話を思い出したのか嬉しそうな笑顔を見せた。

「今の世の中ってあれなんだよね。色んな大人が常に我々優秀なJKの発掘に目を光らせてる。リナの成績が、たぶんそのどこかに引っかかったんだよ。すごいことだ。誇れ。寂しくなるけどね。……行くんでしょ? 私の直感でわかる」

「あ。ていうか、もうサインしてきちゃった。早くマユに相談したくて」

「アホの子じゃん」

「どうしよう、もうキャンセルできないかな」

「キャンセルするの?」

 マユの言葉に、リナは思わずハッとした。私は今はまだ決断できていないけれど、たぶん火星に行く選択をする。マユがそれを理解してくれていることを、リナは感じていた。

 二人はしばらく図書館でその未来について話し合った。火星で何が待っているのか、リナの〈直観力〉がどのように役立つのか。そしてなにより、リナの人生をこれからどうしていくか。

「私、どうしたいんだろう? マユならどうする?」

「え。土星? かせい? とか、私は絶対に無理」

「そうなの?」

 だっていろいろ自由に生活できないじゃんとマユは言う。学校も買い物もおしゃれもなにもできないし、イケメンはいるかもだけど、閉鎖空間で絶対カラダ目当てで近寄ってくる男もいるし。

「逆にリナが無理って即答しないのはなんで?」

 そう聞かれて、リナは答えに詰まった。

 普通に楽しそうという気持ちがまず一番にある。でも学校に通えずマユや友達とこうして話せないのは少し……いや、かなり寂しい。

「リナ、ちゃんと自分の気持ちと向き合って」とマユが言う。「楽しそうと思うなら行ってもいいんだよ。私やみんなとずっとお別れってわけじゃないし、多分なにかの通信で連絡は取り合えると思うし」

「マユ……!」

 マユの〈直感力〉に見透かされて、リナの瞳から涙が溢れ出す。

「そうなの。実はちょっと楽しみなの。旅行あんまりしたことないし、飛行機も乗れるし、火星に行ってみたい」

「そうだね。向こうに行っても、そうやってちゃんと〈直観力〉を信じて、言葉にしてあげるんだよ」

「うん。ありがとう。綺麗な石を見つけたらリナにあげるね」

「いらないよ」

 そして二人はまた笑いあった。

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