231 だって君と踊りたいから(2)

「次はドラーグと踊ってください」

 ついさっきまで泣いていたとは思えない程の笑顔で、アイリが言う。


 私はこれからレイと……。


 と思わなくはなかったけど、

「ぜひぜひドラーグにもアリアナ様とダンスして欲しいんです」

 という言葉を無下に扱うわけにもいかなかった。


 ……他でもない、アイリの頼みだしね。


 色々と辛いことはあるだろうに、アイリはこんな事しかお願いしてこない。

 肝心のお金の話や住む場所の話は、何にも。


 それでも、今はドラーグが貢いでいるだろうから大丈夫だろうか。

 ……あの人、あれでもお金だけは持ってるし、アイリをめちゃくちゃ甘やかしそうだものね。


 ドラーグとお辞儀をする。


 少しムッとした顔のアリアナに、ドラーグは苦笑した。


 背の高いドラーグを見上げる。

「アイリとあなたは、これからもずっと私のものなんだからね?」


 そう言うと、ドラーグが楽しそうに、「ハハッ」と笑う。

「ずっとはきついな」


「もう決まったの。会議室じゃ狭くなってきたから、そろそろ事務所を借りるわ」


「横暴だな」


「主人が美人で良かったわね」


 ドラーグのダンスは、やけにキッチリとしている。

 アイリと初心者同士で練習した結果だろう。



 ドラーグとダンスを終えた後、目の前に立っていたのはシャルルだった。


「…………」


 いつもの、ニコニコの笑顔。


 基本的にアリアナには、あまりダンスを申し込んでくれる者はいない。

 アリアナに気を遣ってか、パートナーの威圧の為か、それはわからなかったけれど。

 ……確かに、公爵家の男子陣の視線をかいくぐってアリアナにダンスを申し込むのはかなり勇気が要ることなのだろう。


 いい加減レイノルドに会いたいと思いながら、視線を巡らす目の前に居るシャルルの顔は、どうにも無視できるものではなかった。


「アリアナ様」


 ……ちょっとかわいいじゃない。

 流石、私が選んだだけのことはあるわね。


「僕も、いいですか」


 可愛い声をして、その所作は剣士らしく鋭いのだから、そのギャップたるや。

 差し出された手に、

「光栄ですわ」

 と、手を乗せるしかない。


 シャルルは、端的に言うと、踊っている最中もずっと笑顔だった。


「ずっとアリアナ様と、ダンスしてみたかったから」


「あら、まだ中等科だし、いいじゃない。みんな好き勝手に踊ってるわ」


 実際、中等科の子供達は、まだ正式な夜会に招待される事はない。

 ダンスの授業も高等科からしかないので、中等科のみんなは、家で習っているダンスを踊ったり、踊らない子も多い。

 アリアナも、人前で踊るタイプではなかった。


「じゃあ、来年もまた踊ろう。アリアナ様」


 シャルルのダンスは迷いがない。

 そこでシャルルは、優雅にポーズを決めた。




「レイ……!」


 レイノルドをやっと発見し、ソワソワと歩いて行くと、またもや前で頭を下げる男性の姿があった。


「…………」


「申し訳ないね。けど……君みたいなキラキラと輝く星を、見逃すわけにはいかないかな」

 耳元で囁かれ、

「それもそうね」

 アリアナが、ゆったりと笑う。


 改めて顔を見たフリードは、相変わらずにっこりと笑っていた。


 文化祭からこの半年ほど一緒に居たけれど、やっぱり何を考えているのかわからないわね。

 腹の底が見えないっていうのは、こういうものをいうんじゃないかしら。


 そして、相変わらずの優美なくせに大胆なリード。

 確かに美しく見せる方法は知っているのだけれど、それにしたって自分に自信があるんだろうか。


 この人は、自分が世界で一番美しいと思っていても不思議ではないわね。


「君の王子様がこっちを見ているね」


「…………へ?」


 流れる景色の中で、うっかりレイノルドを探しそうになる。


 こ、この人ったら何を…………。


 フリードが、こっそりと耳打ちしてきた。

「嫉妬の視線が怖いな」


「ま……さか」

 笑って誤魔化そうとしたけれど、つい動揺してしまう。


「嘘じゃないですよ」


 フリードがそう言うので、ダンスが終わった瞬間、つい後ろを向いてしまった。


 レイノルドと目が合う。


 ……レイノルドは確かに、目が合った瞬間、機嫌が悪そうに顔を逸らした。



◇◇◇◇◇



フリード・スレイマンさんはたぶんこの物語の誰よりも色気があるんじゃないかと思います。

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