93 王宮の庭で(2)

 この迷宮のような庭園で、貫くような視線を向けられて、逃げ切れるとは思えなかった。

 このまま、隠し通せるような気はしなかった。


 エリックには、お見通しなのだ。

 アリアナが隠し事をしているかどうかなんて。


 言ってしまうのもアリかもしれなかった。前世の記憶を持っているという話を。

 こことは全く違った世界の話を。

 そんな荒唐無稽な話をここでして、信じてもらえなければ笑い話で終わる。


 最後に、“こんな本を読んだの”なんて言葉を付け加えれば、それで済む話。


 意を決したアリアナは、途方もない話をしてみる事にした。

 だからアリアナは、こんな風に話を始めた。


「ちょっと、荒唐無稽な話をしてもいい?私ね……、前世の事を思い出したの」



 そこから、ポツポツと、アリアナは話し始めた。


 猫を助けようとして、1週間気を失っていた事。


「屋敷のそばで見た事もない猫がいてね。その猫を抱き上げた途端、足を滑らせて……」


 その中で、人間が生まれてから死ぬまでの人生を体験してきた事。


「私はその時、今の私とは全く違っていたの。私の記憶も何もかもがなくて、そこでは私は、“サモン”という人間だったの。まるで、感情移入しすぎた本を読むみたいに……」


 その人間がいた世界は、こことは全く違っていた事。


「その世界には、魔術はないんだけど、ガスや電気があるの。それで生活が成り立っているのよ……」


 その人間が男性で、ちょっとおちゃらけた人間だった事。


「私ね、勉強が苦手な男の子だったのよ。元は、髪の色は黒いんだけれど、オレンジに染めるような人……」


 その左門という人間がいた記憶を、大切にして生きたいと思った事。


「目が覚めてからは、まるで本を読んだみたいな感覚だけど。でもわかるの。本当にあった事だって。大事にしてあげたいの……」


 その間、小さな質問を挟みながらも、エリックは、静かに、真剣にアリアナの話を聞いた。


 結局、ホストだった事や、ハーレムを作りたい事、そのためにも悪役令嬢を目指している事などは話さずに、それでも話せる事は全て打ち明けてしまった。


「…………」


 話す事がなくなってからも、エリックは真面目な顔をしていた。

 どうやら、思った以上にアリアナの話を信じたようだった。


「不思議な話だね」

 エリックがやっと、質問ではない感想の言葉を口にした。


 お茶の時間として話していたというのに、空は夕闇が迫っていた。


「へへっ」

 とアリアナが笑う。


「けど、これで君がどうして少し変わったのか分かったよ」


 アリアナは、苦笑するように笑う。


 その日は、それ以上話す事もなく、お茶会は解散となった。


 エリックは、特別、アリアナを変な目で見るような事も、面白がる事もなかった。

 ただ、時々何かを考える仕草をしただけだ。


 誰にも言うつもりのなかった、それほど大きな事だとも思っていなかったたった一人だけの秘密を、こんな風に話すなんて思ってもみなかった。

 ただ、アリアナは少し、解放されたような気分で帰途についた。



◇◇◇◇◇



アリアナにとってエリックは、もちろん大事な幼馴染みなわけです。

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