27 気になる女の子

 春の天気の良い日には、ぽかぽかと暖かい日光のおかげで、午前中だというのに眠くなる。


「じゃあ、リリーシャくん。説明してもらえるかな」


 先生に指名され、くりくり赤毛の少女が立ち上がった。

 新学期のあの日、アリアナにぶつかったあの少女だ。


 不思議な子だな。と、そう思う。

 リリーシャ子爵家は、一朝一夕にできた家ではないはずだ。

 けれど、このアイリ・リリーシャという子は、辿々しいお辞儀をした。まるで、初めてお辞儀をしたというように。


 アリアナは、頬に手を当てて、アイリを見ていた。


 なんとか立ち上がったアイリは、

「えっと……」

 なんて、歯切れの悪い言葉を発した。

 自信のなさそうな顔。


 求められたのは、王国の歴史の冒頭部分。

 貴族であるなら、子供の頃から一度は聞いたことのあるはずのものだ。


 けれど、口籠ったアイリは、何も言えずに座る事になってしまった。


 何か訳ありとしか思えない。


「まだ緊張してるかな。じゃあ、サウスフィールドくん」

 穏やかな背の低い初老の教師は、特に気にすることも無く次の生徒を指名する。


 立ち上がり、歴史書の冒頭を読み上げるように説明すると、教室中から控えめな拍手が起こった。


 穏やかなその教師は、「はい、いいですね」と、穏やかなままで言う。

 特別に気にされた訳でもないはずだけれど、アイリの表情は暗い。


 その日の昼、アリアナはドラーグと二人、昼食を食べていた。


「アイリ・リリーシャというのはどういう子なのかしら」


「ん?」

 と、ハンバーガーから、ドラーグが顔をあげる。

「ああ」

 と直ぐに理解した顔になった。


 周りからは目立たない草むらの中。

 誰にも聞かれたくない話ができるよう、ここを選んだ。


「あの子は、私生児らしいな」


 ドラーグが持っているのは、道路網だけではなかった。

 商人として、色々な情報に詳しかった。

 それにこうして、令嬢同士では口ごもってしまうことも、ドラーグは口にすることが出来た。


 基本的に、アリアナの周りには、悪口のような噂話を好む令嬢はいない。

 けれどそのせいで、そういった特殊な情報には疎くなってしまう。


「私生児?」

「子爵とメイドの娘なんだと。最近子爵家に引き取られて、アカデミーに通うことになったらしい」

「そうなのね」


 アリアナは、「ふむぅ」という顔をしながら、サンドイッチを口に運んだ。


 たまご。

 たまご、美味しい。


 指についたたまごを、ペロリと舐める。


 とても複雑そうな家庭。

 ヒロインとして私のために降り立ったようなものね。


 左門に想いを馳せる。

 左門なら、あの子がヒロインで満足するはずだわ。


 とはいえ、学園生活がままないなら、横恋慕的なことはむずかしいかもしれない。


 悪役令嬢といえば、嫉妬にかられて、いじめてしまうというのがセオリーだ。

 何もないのにいじめるわけにはいかない。

 誰かといい感じになって欲しいけれど。その為にも。


 まず、学園生活をなんとかしてもらわなくっちゃね。



◇◇◇◇◇



アリアナに、ヒロイン系美少女アイリの横恋慕をする日は来るのでしょうか。

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