2 俺の夢を聞いてくれ

 サナが用意してくれた水を一口飲む。


 ほっと、息をついた。

 そこでやっと、この現実に引き戻されたような感覚を持つ。


 落ち着いて、思い出そう。


 前世は、ホストだった。

 女の子を接待する。おしゃべりする。飲む。

 そんな仕事。

 とはいえ、指名もまともにもらえない新人ホストだ。


 前世を思い出したからといって、その記憶と今の自分を混同することはない。


 私は私。


 別に男という感覚もない。


 前世の言葉で言うなら、まるで、生まれてから死ぬまでの人生そのものを描いたVRゲームでもやらされたかのよう。


 けど……。と、思う。


 あの人生を知っているのは私だけだ。


 手を、ぎゅっと握る。


 私は知っている。

 あの、3人一部屋の寮での暮らし。

 田舎のじいちゃん。

 ヘルプと床掃除の日々。

 生きることのもどかしさ。


 源氏名、陽炎塚影虎かげろうづかかげとら

 本名、相川左門さもん


 ホストクラブ「アレキサンドリア」の、新人ホストだった。


 享年21歳。


 猫を助けてトラックに轢かれるなんて、なんともいい人っぽい死に方じゃないの。


 左門の人生を、私だけが知っている。


 このまま、なかったことにはしたくない。

 夢くらいは叶って欲しいと思うし、好きなものくらいは覚えておきたい。


 左門の夢は、“ハーレムを作ること”だった。


 ホストになって、かわいいお嬢さんやお姉さんに囲まれて暮らすのだ。


 オレンジ頭の左門が、かわいい女の子達に囲まれるところを想像した。


 うんうん。


 そこで、アリアナは自分のこめかみを押さえた。

 う〜ん、待って。


 私は女だ。


 女に囲まれても別に嬉しくないし、それに、左門の夢とはちょっと形が変わってしまう。


 想像する。

 自分がかわいい女の子達に囲まれているところを。


 私は公爵令嬢だ。


 大抵の女の子達は、私と仲良くしてくれる。

 べったりしてくる子も多い。


 つまり……。


 もう叶ってるじゃない!?


 性的な意味でのハーレムを作ることも、もちろん可能だろう。


 アリアナは、自分が特注のベッドの上で、薄着の女の子達に囲まれているところを想像する。

 花に囲まれた温室に、家の財力を使った金に輝く大きなベッドを仕立てるのだ。


「…………」


 いやいやいやいや。


 想像しながら、頭を抱えた。


 ちょっと待って。

 こめかみをむにむにしながら思う。


 私が!女の子に!性的にご奉仕されても……嬉しいわけないじゃない!!


 それに……、左門の夢はこれではちょっと違ってしまうだろう。


 そこで、アリアナは自分の身体をぱもぱも、と叩くように触り、はたと気付く。

 手に残る、薄い寝巻きの感触。


 左門とアリアナは魂が地続きだとはいえ、まったくの別人格。


 そう、これは夢から覚めきっていない感覚だ。


 苦笑する。


 こんなところにあるわけないじゃない。

 メモ帳の入ったポケットなんて……!



◇◇◇◇◇



ホストについてぼんやりしたところが多くても大目に見て欲しいな!

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