HEART STATION

鰐梨マサムネ

Kashmir <前編>

「今年の夏は室町観光で決まりですネ!」




 テレビから締まりのない芸人の声が響くプレハブ小屋のような事務所。昼飯終わりの眠気をモロに食らっている社長のイビキがテレビの音を時々上回る。




 つい数十年前時空旅行がこの世界でもついに可能になると、結構早い段階で法整備が進み民間でも利用ができるようになった。ここもそれなりに老舗の時空旅行代理店…なのだが、ちょっとありかたが違う。普通の代理店ならちゃんとした法律に則り、リーズナブルかつ安心安全な時空旅行を提供できるのだが、ここ、「ハート・ステーション」はいわゆるヤミタイ、つまり闇タイムトラベル業者。本来なら過去の改変・干渉や未来との干渉は法的にアウトだが、ヤミタイと呼ばれるような業者に頼めばそういう目的の旅行ができる。ただし、ハイリスクすぎるのもあってかなり高価なのが特徴だ。勿論警察機関にはその違法タイムトラベルを取り締まる連中もいるから、ハイリスクと言ってもただのハイリスクではない。最悪十五年はブタ箱から出られないのだから。




 うちが国内でも数多く生まれては数多くつぶされていくヤミタイの中で二十年以上続けられているのはこのイビキ社長こと、ソエジマさんの機転にある。デカい機械を導入せず、ポータブルと言っていいくらいの小さめの機械を導入することで一か所にとどまるようなリスクを回避しつつ、さらに実際に全国各地のプレハブや安い物件を渡り歩いて警察の目をかいくぐっているというのが大きな要因だ。ほかにも例外はあれど、アブナイ案件は何が何でも受けない、だとか、細やかながら大事な“コツ”があると教えてくれた。金払いの良さとこの安心感から俺はずっとここにいる。




「んぁ……ふごッ。……コーイチ君、お客だ。」




 入店前の客の予感を察知できる謎の超能力めいたカンもまたソエジマさんの魅力だ。そして、実際にその十秒くらい後になると、確かに客は入ってきた。いつも通りのカンの鋭さに感服しながら受付に座る。後から聞いた話だが、ソエジマさんの座る場所からなら人が来るのをある程度の距離なら見えるらしく、そこからうちの客かどうか見分けるのは長年の感覚でわかるのだとか。それもそれで充分すごい気もする。




「ようこそ、ハート・ステーションへ。今日はどのような御用で……」




 テンプレの挨拶をしながら、客の顔を見て少しぎょっとした。色々な事情を抱えた客と巡り合う職場ではあるし、そんなところにもう八年近くいるため、何があっても特に驚かないと思っていた。だが、目の前の客は深くかぶったフードからも光の加減なのか、顔の右半分を覆うように焼け爛れた傷痕があり、右眼はどうやら義眼のようだ。あまりにいかつい見た目にたじろぎつつも、普通に対応しようとしたその時、男は口を開いた。




「コーイチ…という名のヤツと行きたいところがある。」


「は、はぁ、コーイチは私ですが。」




 そう答えると相手はまるで驚いたように目を一瞬丸くしつつも、ふん、そうか、と言いたげな雰囲気で金を積んできた。確かにどこへ行くにも、どんな改変行動をしてもそのリスクに見合う金額がそこにはあった。どこの時代へ行って何をしたいかを尋ねてみると、ぼそぼそと年月日だけを告げてきた。




 その指定された年月日には俺も一種思い入れがあった。というのも、六年前のその日は見習いというか雑用というかを卒業して初仕事をした日だったからだ。あまりいい思い出はないというより、いろいろ起こりすぎて悪い思い出しかないが、この仕事をしていればそういう個人的に思い入れのある日への移動なんて言うのは山ほどあるし、そもそも思い入れのある日が山ほどできてくるから相対的に気にすることが少なくなってくるのは当然だった。麻痺というやつだ。




「出発は可能な限り急ぎたい。」


 男が口を開いた。


「それでしたら……、本日の午後三時三十分発でもよろしいでしょうか。」


「それが一番はやいのか。」


「ええ、手続きや機械の直前メンテナンスなどありますから。」


「…そうか、それならそれでいい。」




 昼飯を食べてくる、と言って男は退店した。男は去り際に手をぐう、ぱあ、と握っては開いてを繰り返していて、はやる気持ちを抑えているようにも見えた。


 何度か何をしに行くのかをさりげなく尋ねたが、結局現地に着くまでは答えないとのことだった。


 そういう秘密主義の客は珍しくはない、非常に困るのだが。秘密、秘密の一点張りで蓋をひらいてみたら過去の自分に下痢止めを届けたいだけだった、みたいな他人から見ればばかばかしいような内容の客もいた。本人にとってはいたって大まじめだったし、恥ずかしかったのだろうとは思うが、いまだに思い出し笑いをしてしまいそうだ。


 下痢止めデリバリーの話はさておき、今はこのイカツイ男の依頼を完遂することが最優先だ。普段通り、機械のメンテナンスをしていると、ソエジマさんが妙なことを言ってきた。




「コーちゃんよ、気を付けろよ。なぁんか、オレはヤな予感がする。」




 えっ、ウソ~……。


 それは勘弁してほしい。


 ソエジマさんの言うヤな予感はほぼほぼ的中する。




 現状一番新しい“ヤな予感”で的中したものは、先月末に来た女の人の依頼だった。


 結婚直前までいった彼氏の浮気を見つけたその女性が結婚式用の費用を使って、「浮気の始まった時期まで戻って過去の自分に忠告して、彼氏を一発殴りに行く」なんて言っていた。ソエジマさんは「マジで“ヤな予感”がする、コーちゃん見てこれ、鳥肌。」って腕を差し出していた。


 いざ実際に行ってみれば案の定の結果と言われるかもしれないが、浮気相手と彼氏もろとも包丁で刺すなんて凶行に走った。決して出発前にそのリスクを俺が予見していなかったわけじゃない、だから俺も荷物検査は入念にしていたが、よりによって彼女とその彼が同居している部屋で彼女の仕事の時間中に浮気が行われていたのだ。勝手知ったる自室の包丁のありかなんてのは言うまでもなく彼女は知っているわけで、俺が止めるよりも早くその犯行は行われてしまった。幸い二人は死ぬには至らなかったが、彼女をその時代から連れ出した後、彼女は姿を消して、情報筋によるとどこぞの森で首をくくったとかなんとか。




 この仕事をしていればこんなことはいつでも遭遇しうる。ただそれを客の雰囲気で見抜くソエジマさんは凄い。


 …と感心しているところではないのだ。その“ヤな予感”に乗らねばならない状態にまで持ってきてしまった。ため息を深くつきながら、腹ごしらえにサンドイッチを食べた。ツナマヨがこんなに味がしないのは…それこそ今日行く六年前の例の日以来かもしれない。こんなに連続して“ヤな予感”のある依頼を受けるなんてツイてない。


 こういう時に限って時間がはやく感じるもので、あっという間に三時になり、男が再び店にやってきた。やっぱりこの風貌は滅多にいない。俺の記憶にずっと残りそうなビジュアルだ。




「……ある人間を殺しに行く。」




 いきなり、何を言ってくるんだ。ソエジマさんが後ろの方でコーヒーを少し噴きだした。ここまでストレートに殺人宣言をする客もまた滅多にいない。そして男の声からは揺るがないものがあるのがわかる。俺は「はぁ。」としか返事が出来なかった、こういう時にどう返したらいいものか。ソエジマさん、助けて!とばかりに目線を少し移したら知らん顔で書類仕事をしていたものだから少しだけ苛立った。




 それから店の中は長い長い沈黙に包まれた。しいて言えばソエジマさんのペンの音だけが響いていた。殺人に随行する緊張感はこの業界に八年いても慣れるものではない。いっそ三時半になどならなければいいのに、と思うが、無情にも時間になってしまう。




「そ…それでは参りましょうか。」


 緊張で声が震える。ポータブル時空転移装置の起動装置を握る手は汗でぐっしょりだ。


「ああ。場所はココにしてくれ。」


「…!……承知しました。」




 男を連れて六年前の指定場所にたどり着く。


 俺はこの“六年前”を指定された時から胸騒ぎしかなかった。それを落ちつけたいがためにいろいろ理由付けをしたが、それも今無駄だと理解した。




 これは決して偶然の一致ではないだろう。




 ――――ああ、またあの事件と対峙するのか。




 ……俺と男がたどり着いたのは、俺の初仕事の現場だった。

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