第3話 騎士団長と客室

【召喚1日目 18時10分 ロード回数1 縮んだ寿命15分】


 自分を殺そうとしているかもしれない人間と一緒に歩く気分ってやつを知っているか? 俺もついこの前までは、それがどんな気持ちなのかなんて考えたこともなかったよ。

 だが、今ならわかる!

 この肌がヒリヒリ焼け付くような感覚。

 心臓が早鐘のように鳴り響き、歩いているだけで神経がすり減っていくようだ。


 救いなのは、騎士団長が案内をしてくれているから、彼が俺の後ろではなく、前にいるということくらい。もし、彼が後ろにいたら、怖くてまともに歩けなかっただろう。

 もう背中から斬られるのはたくさんだ。


「もうすぐですよ」


 振り向いて優しげな顔を向けてくるが、俺にはむしろその顔が怖い。

 さっきだってこんな顔をして案内してくれてたのに、部屋に入ったらいきなり後ろから斬られたんだから。

 

 しかし、二度目の道だというのに、騎士団長のことが気になり過ぎて、またどこをどう通ったのか全然覚えられない。

 そうこうしているうちに、見覚えのある客室に到着してしまった。


「どうぞ中に」


 騎士団長が扉を開け、俺に中に入るよう促す。

 俺は唾をゴクリと飲み込んだ。


 ここまでは前回と同じだ。

 あの時の俺は、何も考えず無警戒に中に入ったところを後ろから斬られた。豪華なベッドに近づこうとしてたまたま絨毯に足を取られて態勢を崩したことが、騎士団長にとって想定外の動きとなり、致命的な一撃にならずに済んだのだろう。


「どうされました?」


 俺に向けられる騎士団長の笑顔が怖い。

 この笑顔の裏に殺意があるかもしれないのだ。


 俺は意を決して客室の中に足を踏み入れた。

 背後への警戒は怠らない。

 だが、騎士団長を見ながら後ろ向きに入るわけにはいかず、騎士団長の姿は視界からは消えている。また斬りかかってこられたら、果たしてかわせるのだろうか。

 ……いや、躱せなくていい、一撃で殺されさえしなければ、ロード能力で逃げられる。


 俺は前回と同じようにベッドに近づく。

 たまたま絨毯に足を取られるなんて偶然はもう起こらない。

 だから、俺は一か八かの動きに賭ける。

 騎士団長が予想していない動き。

 そう、ベッドに向かってダイブだ!

 騎士団長の刃が届く前に、一気に距離を取ってやる。


 前の時に俺がつまづいたのは、――たしかこのへんだった。


 ――よし! 今だ!


 俺は動きを悟られないよう、最小限の動きで、目の前のベッドに向かってダイブした。

 どこまでも沈み込むようなふかふかの布地が俺の全身を受け止めてくれる。

 俺はうつ伏せに倒れた態勢から上体を起こして、背後に目を向ける。


「…………」


 部屋の外、扉を開けてくれた姿勢のまま、騎士団長がぽかんとした顔で俺を見つめている。

 襲い掛かろうとしていた様子は微塵もない。


「……ベッドがお好きなのですね」


 ああ、やめて。

 ちょっと可哀そうな人を見るような目で見ないで……


 騎士団長は頭を下げると、そっと扉を閉じた。

 部屋から遠ざかる足音が聞こえてくる。


「……助かったのか?」


 俺は閉められた扉を見つめながら、誰にともなくつぶやいた。

 どういう基準かは知らないが、『セーブ&ロード能力』が危険と判断されて殺されかけたのなら、もっと使えなさそうな能力だと偽ってみたらなんとかなるかもしれないと考えて試したみたわけだが、どうやら俺の考えは正しかったようだ。

 殺すつもりなら、前回のようにすぐに斬りかかってきただろう。それをしなかったということは、今の俺はそれほど危険だとは判断されなかったということだ。

 ふむ、ひとまず自分の身の安全は確保できたみたいだ。


 気づけば、手にすごい量の汗をかいていた。

 今更ながらに自分が緊張し、不安に思い、そして恐怖を感じていたことを実感する。


 だが、まだ油断はできない。

 前回殺されかけたのが、騎士団長自身の判断なのか、誰かに命令されてのことなのかもわかっていない。誰かに命令されてならば、一番怪しいのは女王ということになる。

 あんな可愛くて優しそうな女王が、裏では俺を殺そうとしていたなんて、考え出したら人間不信になりそうだ。


 けど、ちょっと待て。

 わざわざ俺を召喚しておいて、特殊能力が気に入らないからといってすぐに殺そうとするか? それそも、騎士団長は俺の能力が危険すぎると言っていたが、あれは誰にとって危険ってことなんだ?

 騎士団長にとってか? 女王にとってか? あるいは、逆に女王のことをよく思っていない連中にとってか?

 始末しないといけないほど強力な能力なら、味方にしたほうがいいはずだ。

 少なくとも、前回の俺は女王に力を貸すつもりでいた。それを警戒して俺を殺そうとしてきたのなら、むしろ女王と敵対する連中が俺を殺しにきたと考えたほうが、筋が通るような気もする。

 もっとも、この世界のことも、この国のことも、全然わかっていない俺には、女王と敵対する連中がいるのかどうかもわからないわけだが……


 ああ、考えてもわからん!

 とりあえず、うまくいったんだし、ここで1回セーブしておいたほうがいいだろう。ロードして戻った分だけ寿命が減るのなら、一気に遡るのは避けたい。安全なところでこまめにセーブしていったほうがいいだろう。


(『セーブ』っと)


 よし、これでなにかあってロードしたらここから再開だな。

 戻った時のために、今の状況だけはしっかり覚えておかないとな。

 俺は召喚されたときにはめていた腕時計を確認する。

 この世界の正確な時刻はわからないが、俺の腕時計は6時15分を指している。

 セーブ&ロード能力を活用するのならロード時間を知っておくのは重要だ。この世界に腕時計を持ってこられたのはラッキーだったかもしれない。ソーラー発電だから電池交換もいらないし。


 あー、でも、いろいろありすぎたせいで、疲れて眠たくなってきたよ。

 せっかくこんな柔らかなベッドがあるんだ。

 このまま寝ちゃおうかな。


 そして俺はそのまま睡魔に抗うことなく、まどろみの中へと沈んで行った。

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