第2話

「生徒会だ……」


 遅れてやって来た生徒会メンバーの登場に、体育館はざわめきに包まれていた。


 罰之樹楓は騒然とする体育館を睨みつけると、生徒会が遅れた理由を全校生徒に説明し始めた。


「生徒会は皇紫苑すめらぎしおんの申出により、募金箱が隠されていたという彼のロッカーを調べていた。結果から伝えよう、彼のロッカーの鍵は壊されていた。あの状況では彼でなくとも、募金箱を彼のロッカーに隠すことは可能と、我々生徒会は判断した」


 体育館はさらなるどよめきに揺れていた。


「ちょっと待てよ! だからってこいつが犯人じゃねぇってことにはならねぇだろ!」

「2年の鮎喰京介だな。確かに貴様の言うとおりだ。それだけで皇紫苑が募金箱を盗んだ卑劣な犯人ではないということにはならない」


 にやりと口元を持ち上げる鮎喰に、僕はいらだちを覚えていた。


「しかし、犯人だと断定することもできない!」

「なっ!?」

「本人が冤罪を主張している以上、彼のロッカーに募金箱が入っていたという理由だけで、彼の犯行だと決めつけることはできない」

「いやいやいや、こいつのロッカーに入ってたんだから、盗ったのはこいつ以外にありえないだろ!」

「誰かが彼に罪を擦りつけようとしている可能性は、十分考えられますわね」


 生徒会長の後ろから姿を現したのは、金髪の縦ロールヘアが特徴的な副会長、百鬼メアリー。噂では彼女はドイツとのハーフだと言われている。


「だ、誰がそんなことするんだよ!」

「それは3年のわたくし達にはわかりかねますわね。但し、生徒会の情報によると、皇紫苑は入学当初から孤立していたとありますわね。彼が孤立するきっかけになった出来事も、ここでお話いたしますか?」

「それは……別にいい。今更だしな」


 あの出来事を蒸し返されたくないのは、彼の方なのだろう。


 あれは1年前のことだ。

 初めての電車登校に浮かれていた僕は、駅構内のエスカレーターで不審な動きをする男を見つけた。僕と同じ帝王学園の制服を着た男子生徒が、前方の女子生徒のスカートの中をスマホのカメラで撮影していたのだ。そのことに気付いた僕は、男の腕を掴みとった。


「何すんだよ!」

「君、今女の子のスカートの中を撮影していたよね? それは犯罪だよ」

「し、知らねぇよ! つか、離せよっ!」

「――――っ!?」


 僕は男に突き飛ばされてしまい、その隙に男は改札の方に走り去ってしまった。


「逃げられたか……」


 しかし、教室には先程の男子生徒がいた。


 そして、目が合った瞬間――


「あっ、痴漢野郎だ!」


 彼は僕を指差した。

 駅で自分がしていたことを、まるで僕がしていたかのように、クラス中に聞こえるように話し始めたのだ。


 鮎喰京介――この男は僕が見てきた人間の中でも、トップクラスのクズだ。学園の外でもいろいろと問題を起こしており、会社を経営している父親が、裏でその問題を隠蔽していることも知っている。



「さあ、わかったらこんなくだらない事はもうおしまいだ。皆、教室に戻るんだ。先生方もそれでいいですね?」


 生徒会長の言葉に、教員たちは顔を見合わせてうなずいた。


「ちょっと待ってください!」


 そこで、待ったをかけたのは、他ならぬ僕自身だ。


「僕は無実の罪でこんな目に遭ったんです。みんなから犯罪者扱いを受け、壇上で頭を押さえつけられるという暴力を受けました。さらに土下座しろと罵声も受けたんです」

「それで……私たちにどうしろと?」

「生徒会の皆さんの手で、彼らに謝罪させてください」

「謝罪……?」

「無実の僕に土下座を要求したすべての人間、それを見過ごした教師たちに、土下座で謝罪してもらいたいです。もちろん、鮎喰京介にもしっかり土下座してもらいます」

「は? てめぇふざけんじゃねぇぞ!」

「みんな見てるぞ?」

「……っ」


 憤怒に燃える鮎喰が僕の胸元をつかみ取ってきたので、僕は鮎喰から生徒会長に視線を向けた。今すぐにこの暴力的な生徒に謝罪させてくれと、生徒会長をまっすぐ見つめた。


「皇紫苑、貴様は何か勘違いをしている」

「……?」

「貴様の容疑はまだ晴れてはいない」

「……なるほど。では、僕が犯人でないとわかれば、全員に土下座をするよう、生徒会長の方からお願いしてもらえるんですよね?」

「……」


 眉をひそめて困惑する生徒会メンバーとは異なり、生徒会長は表情ひとつ変えることなく僕を見つめていた。


「自らの無実をどうやって証明するつもりだ?」

「警察を呼んで指紋を採取してもらいます。幸い、僕は募金箱には触れていませんから」

「だとしても、募金箱は一週間校内に設置されていた。その期間は学園の生徒なら誰でも触れられたはずだ。ならば、指紋を採ったところで犯人はわからない」

「でしょうね。でも、募金箱が保管されていた場所ならどうですか? 確か……理事長室の金庫にしまわれていたんですよね? そこなら、ひょっとしたらあるんじゃないですか? 犯人の指紋が……」


 何度目かのざわめきに包まれたその時、「警察は呼びません」しわがれた声が体育館にこだました。


 声の主は、この学園の最高権力者――理事長だ。


「どうしてですか? 学園内で窃盗事件が起きたんですよ?」

「我が帝王学園は歴史ある学園です。警察沙汰になってしまえば、学園の名誉に傷がつきます。そうなれば、在校生であるあなた方にも迷惑がかかってしまいます」

「理事長、僕は現在いま迷惑しているんです」


 にっこり微笑んだ理事長は、


「あなただけの問題ではないと言っているのです」

「それはいくら何でも虫が良すぎますよ。僕が犯人に仕立て上げられるところ、理事長も見ていましたよね? 全校生徒による土下座コール、すごかったですよね? あれを理事長並びに教師が全員見過ごす学園の、何が名誉なんですか? そんなもんこのゴミクズみたいな学園にはありませんよ? 何なら、今の光景をマスコミにリークしてもいいんですよ。いや、マスコミより暴露系YouTuberに送って問題にしてもらいましょうか? あっ、嘘だと思ってます? 教室でハメられたとわかった瞬間から、ほら――」


 僕は胸ポケットに入れていたスマホを取り出し、それを理事長や全校生徒に見せつけた。


「動画撮っていたんで」

「「「「!?」」」」

「僕の要求はただ二つ、今すぐ警察を呼び、僕に罪を擦りつけた真犯罪者を見つけてください。そしてもう一つ、僕が犯人でないと証明された場合、生徒会メンバーと2年4組の拝村架純さんを除く全員は、一人ずつ壇上に上がって土下座してください! あと犯人が判明次第、犯人は名誉毀損などで訴えます」


 と、僕は鮎喰を睨みつけた。

 先程までの勢いは消え、彼の額からは冷や汗がにじみ出ていた。今にも倒れそうなほど、顔色が悪くなっていた。

 1年分の怨みをここで晴らしてやる。


「学園側にも精神的苦痛を理由に訴えさせていただきます。西方先生には個別で対応させていただきますね。辞表、書くなら早いほうがおすすめですよ。西方先生みたいなクズ教師がいると、第二、第三の僕が現れるかもしれませんから。徹底的にやらせていただきますね」

「――なっ!?」


 にんまりと微笑む僕とは対照的に、西方は青白い顔でぶるぶる震えていた。

 お前は無職になって後悔することになるだろう。


「ちょっとお待ちなさい」と事態の収拾を図るべく声を上げたのは、副会長だった。


「――百鬼!」


 しかし、そんな彼女を生徒会長が制止した。


「巻き込まれたくなければ口を出すな」

「でも――」

「皇は本気だ!」


 生徒会長の視線を追いかけるように、副会長も僕が掲げるスマホを見た。


「私たちが体育館に来たときの状況を思い出せ」

「え……」

「全校生徒が一人の男子生徒に土下座しろと声を荒げ、それを教師が黙認していた。それだけでも洒落にならんくらいヤバい。その上、本当に彼が無実だったとしたなら……」

「……」

「私たちの顔はバッチリ撮られている。あんなものがSNSに出回れば、人生終わるぞ……百鬼」

「……っ」

「私たちが今できることは、彼の味方をするか、これ以上は口を出さないでいることだ。幸い、今のところ私たちの印象はそれほど悪くはない」


 どうやら、生徒会メンバーは完全に傍観者に徹するつもりのようだ。生徒会長の指示だろうな。

 ま、賢明な判断だ。


 ここで全校生徒や教師をかばうような発言をしてしまえば、いじめに加担したと思われても仕方ない。そうなれば、この動画が公開されたとき、バッシングを受けるのは生徒会である彼女たちでもある。


 しかし、ここまでのやり取りならば、帝王学園で唯一まともだった生徒会として、彼らの名誉だけは保たれる。賞賛する人々もいることだろう。


「皇くんと言いましたね。一度理事長室で話をしましょう」

「だが断る!」

「は!?」

「今すぐに警察を呼んでください! あと、誰も体育館から出ないでください! 証拠隠滅に走られても困りますから。特に理事長、あなたが一番信用できない」

「な、なぜ私なのです!」


 何を白々しい。


「募金箱は理事長室の金庫にしまわれていたんでしたよね? そんなもん、どうやって開けて取り出すんですか? ダイヤル式か鍵式か知りませんけど、仮に理事長室に忍び込めたって、金庫をこじ開けるなんて高校生には無理です。となれば、これは管理者の責任ということになりますよね? このことについては、生徒を代表して生徒会長の方から、理事会の方に報告してもらいたいです。僕では不可能だと思うので」


 僕はスマホのカメラを生徒会長に向けた。生徒会長はじっと僕のスマホに視線を向け、逡巡したのち「引き受けよう」と了承してくれた。


 これで上手くいけば、理事長を辞任に追い込める。


 理事長が鮎喰の父方の親戚ということは、同学年の間では有名だった。鮎喰は素行が悪く、成績も低かったことから、帝王学園に入学できたこと自体が不思議だと言われていた。一部の生徒の間では、入学当初から裏口入学の噂も広がっていた。


 この際、問題を根本から解決するために、すべてを明るみに出すのが得策だと思う。未来の後輩たちのためにも、僕が頑張らないと。

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