ざまあ!無実の罪で全校生徒から土下座を要求された僕は、逆に一人ずつ土下座をするように要求した。

🎈パンサー葉月🎈

第1話

「「土下座! 土下座! 土下座! 土下座! 土下座! 土下座! 土下座! 土下座!」」


 高校2年の春、僕は体育館の壇上に立たされ、全校生徒約1200人から響くような土下座コールを受けていた。


 この状況に至った背後には、入学当初から僕を嫌っていた鮎喰京介あくいきょうすけの存在があった。


すめらぎ、みんな待ってんだぜ? 盗っ人のてめぇが土下座すんのをよっ!」

「……っ」


 鮎喰に頭を押さえつけられた僕は、全校生徒が見守る中で壇上に両手をついていた。


「これは冤罪だ! 僕は盗っていない!」

「言い逃れなんてできるわけねぇだろうがッ! てめぇのロッカーからなくなった金が出てきたのはどう説明すんだよッ! このゴミクズ野郎がァッ!」


 我が私立帝王学園にはとある風習があった。

 年に一度、アフリカの恵まれない子供たちのために、校内に一週間だけ募金箱が設置されるのだ。みんなの思いがこもった募金箱は、学校側が責任をもってアフリカに届けてくれる――はずだったのだが、理事長室に保管されていた募金箱が忽然と消えた。


 学校中が騒然とし、全校生徒の持ち物検査が行われた。教師たちは生徒の中に募金箱を盗んだ犯人がいると疑っていた。


 僕のクラスでも、担任によって手荷物検査が行われていた。当然、僕は犯人ではないので、持っていた物を全て机に並べてみせた。


 しかし――


「あっ、あった! 募金箱があったぞ!」


 担任が僕の私物を確認していると、教室の後ろの方から騒がしい声が聞こえてきた。声の方に振り返ると、ロッカーの前でさわぐ鮎喰の姿があった。彼の胸には失くなったはずの募金箱が抱えられていた。


「鮎喰、それをどこで見つけたんだ!」


 担任が問いただすと、鮎喰はとあるロッカーを指した。


「皇のロッカーに入ってありました!」


 その瞬間、教室が騒然となった。


「マジかよ」

「嘘でしょ」


 クラスメイトたちは一斉に犯罪者のように僕を見つめ、担任は「お前が盗んだのかッ!」と僕を犯人扱いした。


「――僕は盗っていません!」


 当然、僕は反論したのだが……。


「盗ってねぇって、コレ! お前のロッカーから出てきたんだけど? どう説明するつもりだよ。まさか募金箱に足が生えて、勝手にお前のロッカーに入ったとでもいうつもりか?」

「お前が盗ったんだろ、皇!」

「素直にゲロっちまえよ!」

「みんなの気持ちをなんだと思っているのよ!」

「マジでクズ過ぎるだろ、こいつ」

「募金箱パクるとか、マジで鬼畜の所業じゃん」


 誰もが僕を犯人だと決めつける中、


「す、皇くんは、その……盗ってないと思います」

拝村はいむらさん……」


 唯一僕の無実を信じてくれる人がいた。拝村架純はいむらかすみだ。クラスの女子の中でも比較的大人しい彼女は、いつも教室の隅で本を読んでいるような真面目な生徒だった。


「は? こいつのロッカーから募金箱が出てんだぞ? それで盗ってねぇは意味わかんねわ。つか、何なのお前? ひょっとしてきめらぎのこと好きなんじゃねぇの?」


 鮎喰の嘲笑に、拝村さんの顔はみるみると真赤に染まり、彼女は今にも泣き出しそうな顔でうつむいてしまった。


「おい、うつむいていないで何とか言えよ!」

「そこまで言って逃げんなよ!」

「皇が盗ってないって証拠くらいあんだろうな?」


 僕をかばったばかりに、クラスメイトたちから容赦ない野次が飛ぶ。


「い、一年生の頃、皇くんが……その、募金を募っている男の子に募金をしているのを見ました」

「は? だから?」

「そ、そんな人が……募金箱を盗むとは思えません」

「なら何でこいつのロッカーから募金箱が出てくんだよッ!」

「……け、今朝、あ、鮎喰くんたちが……その、皇くんのロッカーを勝手に開けているところを見ました」

「は? てめぇふざけんなよ! 俺たちがやったって言いてぇのか!」


 鮎喰の犯行を見ていた拝村さんの証言によって、僕の無実は証明できたかに思えたのだが、


「お前ら付き合ってんじゃねぇーの?」


 鮎喰と仲のいい男子生徒、風間隼人かざまはやとの一言で、再び教室はどよめきに包まれた。


「というか、そもそも京介が募金箱なんて盗むわけないじゃん」


 自信満々に言い放ったのは、人気ファッション雑誌でモデルを務める冷泉莉世れいぜんりせ。鮎喰京介と恋人関係にある女だ。


「つーか、皇をかばって京介たちのせいにしようとか、マジこの女クズくね?」

「わ、わたしたちは付き合ってなんかいません」

「――だったらんっだよ! ウチの彼氏が盗んだって言いてぇのか! あぁんっ!? ウチの目見てもっぺん言ってみろよ! このブス!」


 風間の彼女でギャルの和久井絵美わくいえみの怒鳴り声に怯える拝村さんは、震えながら小さくなっていく。このままでは僕をかばってくれた拝村さんが悪者になってしまう。それだけは絶対にダメだ。


「彼女は関係ない。事実を話してくれただけだろ」

「事実……? てめぇ、俺が盗ったって言いてぇのか?」

「鮎喰、お前が僕のロッカーに募金箱を隠したんじゃないのか?」

「っんなもんはあのクソ女の作り話に決まってんだろうがッ! このボケがァッ!!」


 鮎喰は依然として、僕が盗んだと主張し続けるつもりのようだ。

 やはり、一年前のことを相当根に持っているようだな。


「担任なんだからよ。先生からもちゃんと言ってやってくれよ」


 西方先生の弟は去年大学を卒業したばかりで、鮎喰の父親が経営する会社に就職していた。そのため、ウチの担任は鮎喰には逆らえなかった。


「お、お前が盗ったんだな、皇」

「盗ってないと言っているじゃないですか」

「……お、お前のロッカーから出てきたんだから、お前が盗った以外ありえないだろ!」

「だから、それは拝村さんが言うように、鮎喰たちが僕のロッカーに入れただけです」

「う、うるさいっ! 拝村は恋人のお前をかばってデタラメを言っているだけだ!」

「僕と拝村さんは付き合っていません」

「そんなことはどうでもいいんだよ! とにかく、この事は今すぐ理事長に報告させてもらうからなっ!」

「……もう一度言いますけど、僕は盗っていませ――」

「――うるさいっ! 犯人はお前以外いないんだよ、皇!」


 こうして、僕は募金箱を盗んだ犯人として仕立て上げられてしまった。


 そして現在、急遽体育館に集められた全校生徒の前で、僕は募金箱を盗んだ犯人として公然と非難されている。


「早く申し訳ございませんでしたって頭下げろよっ! ほらァッ!!」


 僕の頭を押さえつけ、床に擦りつけようとする鮎喰に、僕は必死に抵抗していた。


「みんな待ってんだろ? 窃盗犯のてめぇが頭を下げるところをよぉっ!」

「僕は……盗っていない!」

「いい加減認めろよ、てめぇ以外犯人はいねぇんだからよ」


 にらみ合う僕たちの前で、土下座コールは豪雨のように続いた。


 その時だった。


「――――何をやっている!」


 勇ましい女性の声が体育館に響き渡り、あれほど騒がしかった土下座コールが一瞬で静まった。


 私立帝王学園の女帝である生徒会長罰之樹楓ばつのぎかえでが、生徒会メンバーを引き連れて体育館にやって来たのだ。

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