檜の心に想いを馳せ

言の葉綾

第1話 エージェント・深山檜

 朝七時、私の部屋にアラームの音が響き渡る。まだ多少の時差ボケがあるからか、いつもより頭が重い。カーテンを開け外を見下ろすと、さすがは東京と思える高層ビル群と品川駅を走る電車の数々、そして太陽からの優しい朝陽が、私の重いまぶたを起こしてくれる。  

「あら、檜さん、おはよう。早くご飯を食べないと、入学式に遅れてしまいますよ。」

「あら、早起きなんて初めてね。」

「おはようございます、檜さん。朝ごはん、もうできてますよ。」

「早く食べろ。遅刻するぞ。」

 皆の言葉に耳を傾けながら、まだ目覚めきっていない体を何とか動かして朝ご飯を食べ、初めて着る制服に腕をとおす。

 私の名前は深山檜(みやまひのき)。とあることからアメリカで生活していた私が、日本に帰ってきて一週間。新しい家族との生活にも慣れ、今日は、待ちに待った高校の入学式です。

 東京・赤坂。国の中央省庁が連なる霞が関にほど近いところにある、私立煌桜学院高校(しりつこうおうがくいんこうこう)。全校生徒は約千人で、十年前に女子校から男女共学になった。校舎も制服もとてもおしゃれで、とても心地よく学校生活が送れそう。そう思いながら、私は綺麗な教室の中に入った。

「あなた、この前のパーティーでお会いしたかしら?」

「今度、中学の友人たちとゴルフに行くんだけど...。」

「内閣の方々との食事会が...。」

「今度の演奏会、ぜひいらしてください!」

 教室に入った瞬間、そこはまるで、お城で開かれているパーティーのようだった。私の周りで繰り広げられる会話は、会社経営・金融・パーティー・政界についてなど、とても高校生とは思えないような会話だった。それもそのはず、この学校は名家生まれの子たちが多く通う、まさに名門校。ここにいるほとんどの人たちが、もう社交界へ足を踏み入れているのだ。今の家族に養子として入り、社交界に片足を突っ込んだばかりの私にとって、この教室の中にいる人たちは、私とは住んでいる世界が違う...私の本当の家族は、今の家族とは違って、裕福とは絶対に言えないような貧相な暮らしだった。でも、それでもあの頃の生活は幸せだったなぁ...。そんなことを考えているうちに入学式の時間になり、私たち新入生は体育館に移動した。

 入学式は一時間くらいで終わり、午後からはフリータイムになった。

「では、私たちは仕事に戻りますから、気をつけて帰ってくださいね、檜さん。」

 新しいお母さんとお父さんが仕事に戻ろうとしていた、その時。

 ブーッ、ブーッ......

 私の制服のポケットの中に、スマホのバイブ音が吸収されていく。連絡してきた相手は何となく予想ができていたので、タクシーに乗ろうとしている両親に用事が出来たと伝え、地下鉄に乗って東京駅へと向かった。

 東京駅について改札を抜けた私は、多くの人が行き交う1Fフロアへと向かった。平日のお昼の時間帯とはいえ、やっぱり東京駅は人が多くて、歩くだけで一苦労だ。...まあ、その方が都合がいいんだけどね。

 人混みにまぎれながら「関係者以外立ち入り禁止」と書いてある重厚そうなドアを指紋認証で突破し、洗練された薄暗い廊下を進んでいく。この廊下には無数のカメラが仕掛けてあり、リストに登録されている人物であるかの認証検査が行われていることを、私は知ってる。

無事に検査をクリアした私は、奥にある自動ドアを通過し、なぜかどや顔で待っている局長のところへと歩く。何で私がこの厳しすぎる検査を突破できたのかって?答えは簡単。それは、私がこの機関のリストに登録されている人間だから。

 ...だって、私は...。

「一週間ぶりですね。日本の暮らしには慣れましたか?...エージェント、深山檜」

 そう!私、深山檜は、“United Nations Secret”...世界中の人間の生命の安全、および国際的に暗躍するテロ組織やその類の組織の撲滅を目的として活動する、国際連合の裏機関United Nations Secret、略して“UNS”...の日本支部のエージェントなのです。



 


 

 

 



 

 

 

 

 

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